
埼玉・東京を中心に、関東に約280社ある氷川神社。その総社はさいたま市にある「武蔵一宮 氷川神社」ですが、かつては同じ地域の中氷川神社(現・中山神社)・氷川女体神社を併せた三社でこの一帯地域を形成していたともいわれるんですよ!
氷川神社の起源を辿りながらの氷川三社紹介と、かつて見沼といわれたのどかな周辺地域スポットの紹介をします。
『 氷川神社と氷川三社 ~見沼の水神様~ 』

約280社ある氷川神社は、旧武蔵国を中心に所在しています。
そして、その所在の特徴は荒川流域に分布している点で、古くから水源を守り稲作の豊作祈願などと深く関わってきたと考えられます。神社名に川の文字も入ってますしね。
その氷川神社の総本社は、埼玉県さいたま市の「武蔵一宮 氷川神社」です。江戸時代中期までこの地域にあった「見沼(みぬま)」と呼ばれる広大な沼の畔に位置し、水神様を祀っていたといわれます。
そんな、武蔵一宮 氷川神社と大変関係が深いとされる二社が同市内にあります。しかも三社は親子関係を構成しているというじゃないですか!?
その構成は。。。武蔵一宮 氷川神社は須佐之男命(すさのおのみこと)を主祭神とする男体社で、その姫君・稲田姫命(いなだひめのみこと)を祀る女体社が「氷川女体神社」。
そしてそして、その息子にあたる大己貴命(おおなむちのみこと)を主祭神とする王子社が「中氷川神社(現・中山神社)」という位置付けです。
かつてこの三社で一帯の「氷川神社」を形成していたといわれます。ちなみに三社の立地は地図上ピタッと一直線上に配置されているんですよ!
氷川三社各社の見どころや歴史、訪問時に立ち寄ってみたい周辺スポットなどを紹介をします。
『 武蔵一宮 氷川神社と周辺スポット 』
「武蔵一宮 氷川神社」 日本一長い参道
最初に氷川神社の総社である「武蔵一宮 氷川神社」の紹介です。地元では「大宮氷川神社」の呼び名で親しまれています。
*以下、他社とも区別がつきやすいので、大宮氷川神社と呼ばせて頂きます。

この地域は昔から氷川神社を中心とした門前町で、大宮という地名も「大いなる宮」という意で付けられた地名なんですよ!
写真は「一の鳥居」ですが、ここから神社まで約2kmに及ぶ長い参道が続き、日本一長い参道ともいわれています。
神社最寄りのJRの駅は大宮駅なんですが、一の鳥居は一つ先の駅の方が近く一駅分以上歩く感じになります。長い。。。
樹林された参道をのんびり歩いて向かうのも気持ち良いので、脚力に自信の輩は是非ここからスタートしてみて下さい。
この一帯、江戸時代は中山道の「大宮宿」として栄えました。旧中山道は参道の西側を並行して通っています(写真では左手)。宿場町の面影を残す様な建物などは、現在はほとんど残っていません。

大宮氷川神社は県内外から多くの参拝者が集まる神社として知られます。正月三が日の初詣には毎年200万人以上の参拝客があり、参拝者数は全国でも10位以内に数えられます!

大宮氷川神社の起源はおよそ二千年前の第五代孝昭天皇3年の創立と伝えられます。
須佐之男命(すさのおのみこと)・稲田姫命(いなだひめのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)が御祭神としてお祀りされてます。
家内安全・商売繁昌・交通安全・縁結・安産・災難除・心願成就など、幅広くさまざまな御利益を頂けるそうです!

こちらは境内にある神池。ここはかつての見沼の端にあたり、沼の水源の一つだったといわれています。
詳細なレポートはこちらへ!( 武蔵一宮 氷川神社と、ビール醸造所・氷川ブリュワリーの紹介など)
住所:埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407(GoogleMapで開く)
「大宮公園」 元々は境内の一部

氷川神社に隣接して「大宮公園」があります。広さは7.8ha(約68万m2)。
大宮公園は元々氷川神社境内地の一部を、明治18年(1885年)に公営の公園として開設したもの(県内初の県営公園)。当初の名称は氷川公園だったそうですよ。
元々の江戸時代の氷川神社の境内は相当広かったということですね~。
大宮公園は県内の桜の名所として知られます。シーズンには約1000本の桜が咲き、「さくらの名所100選」に選定されますよ!

公園内には小動物園・児童遊園・博物館の他、野球場・サッカー場・陸上競技場・水泳競技場・弓道場などのスポーツ施設が多くあります。(写真は平成19年に作られたサッカー場)
公園の旧野球場の竣工試合として、昭和9年(1934年)に日米親善野球の一戦が行われています。
米チームはベーブ・ルースやルー・ゲーリックなどが十本の本塁打を放ち、23対5で全日本チームに圧勝したそうです(えげつない点差だな。。。、苦笑)。
「大宮盆栽村と大宮盆栽美術館」 盆栽の聖地
大宮公園の北側、近隣最寄り駅の東武鉄道・大宮公園駅を越えた場所に、盆栽業者が集まっている「大宮盆栽村」があります。
ここは”盆栽の聖地”と呼ばれているんですよ~。

元々は、現在の東京都文京区千駄木の辺りに、植木職人が多く住む地域があったそうだ。それが、大正12年の関東大震災を機に移住してきたのが、盆栽村の始まりとなります。
現在は6つの盆栽園が残りますが、その一軒である「清香園」をのぞかせて頂いた。
立派な門があり料亭みたいな佇まいで、ちょっと入り辛い感があった。が、入ってみると。。。若い店員さんがざっくばらんに盆栽の魅力を色々語ってくれた!あー、若い人から見ても盆栽って魅力あるんだな、と分かったのが収穫。
盆栽教室も開催されており、園内は賑わってましたよ。見るだけでももちろんOK!

大宮盆栽村の更に北側にはさいたま市立「大宮盆栽美術館」があります。盆栽の聖地の本丸の様な存在ですかねえ。
初心者向けの”盆栽の見方”が展示説明されています(これ大事!)。盆栽は正面と裏面があるんだね、ふんふん。一通り見学すると「これは根張りが絶品だね!」とか知ったかぶりできる様になりますよ(笑)。

庭園には名品の数々を展示。素人が見ても「これはなかなか凄いな!」と感じる作品多数!
写真のこちらは樹齢350年ですぜ!根は枯れた感があるのに、葉は青々。そして。。。龍の顔や体形が見えてきませんか?
盆栽って正直あまり関心無かったのですが。。。、本日はちょっと鉢のなかの小宇宙を感じた気がします!いやホントに。
詳細なレポートはこちらへ!(大宮盆栽美術館・大宮盆栽村の詳しい紹介など)
『 中山神社(中氷川神社)と周辺スポット 』
「中山神社(中氷川神社)」 明治に社名変更
次に大宮氷川神社からは、南東に5km程離れた場所の「中山神社」を紹介します。
大宮氷川神社はJR大宮駅にも程近く街中だったのと比較すると、こちらは付近に見沼田んぼののどかな風景が広がる地域になります。(分かりやす言うと田舎っぽい。。。)
中山神社は、明治40年(1907年)に周辺の神社と合祀(ごうし)する前は氷川神社が社名でした。当時は「中氷川神社」とか、大己貴命を祀ることから「簸王子(ひおうじ) 社」と呼ばれてました。

創建は古く、崇神(すじん)天皇の御代2年(西暦前95年)と伝えられる古社です。また、江戸時代には、徳川家康から社領15石の御朱印を賜った格式のある神社でもあります。
御祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)・素盞嗚命(すさのおのみこと)・稲田姫命(いなだひめのみこと)の三神が祀られています。

写真は現在の本殿ですが、この裏手には15世紀後半~16世紀前半に建造された旧本殿が残っており県の指定有形文化財となっています。
境内には特殊神事が行われ神聖な雰囲気を感じる「御火塚」、なんていうのもありますよ。
そしてそして。。。御朱印なんですが、なんと!100種類以上の御朱印があったりします。調べては無いのですが、もしかしたら日本一多いのでは!?
こじんまりとした神社ではありますが、色々見どころの多い神社です。
詳細なレポートはこちらへ!(中山神社の紹介)
住所:埼玉県さいたま市見沼区中川145-65(GoogleMapで開く)
「芝川沿いの見沼田んぼ地域」 原風景的な自然

中山神社の南側には芝川が流れており、周辺には見沼田んぼの原風景的な自然が残っています。

川にはアオサギの姿が。

畑が広がる先に見えるのは「さいたま新都心」。
新都心には官公庁の関東地方出先機関や、大型ショッピングモールなどがあります。そうそう、さいたまスーパーアリーナも新都心にあります。
県内最先端の都市機能がある地域のすぐそばに、こんなのどかな風景が広がる。。。現在のさいたまを象徴する風景ですねえ。
「旧坂東家住宅 見沼くらしっく館」 江戸時代の農家

中山神社の比較的近くで、見沼たんぼに関連がある博物館施設「旧坂東家住宅 見沼くらしっく館」を紹介します。
江戸時代にこの地域の新田開発した、地元名主である農家の住居を復原したものです。
江戸時代の農家の住居を体感できる施設で、囲炉裏の体験見学や住居見学などができます。案外、囲炉裏なんか見る機会無いから新鮮かも。
見学無料なので気軽に立ち寄って古い時代の日本家屋を味わうのも、結構新鮮で良いと思います!
詳細なレポートはこちらへ!(旧坂東家住宅 見沼くらしっく館の紹介)
『 氷川女体神社と周辺スポット 』
「氷川女体神社」 扁額には武蔵国一宮

中山神社から更に南東へ5km程の場所に、氷川女体神社があります。(”女體”は難しい漢字表記が正式です。)
氷川女体神社の緑豊かな社叢は、見沼たんぼを見下ろすような高台の台地にあります。高台の東側には中山神社付近にも流れていた芝川が流れており、河川による繋がりを感じますね。この辺の周辺も、畑や田んぼの風景が広がります。
氷川女体神社の鳥居と拝殿の扁額には「武蔵国一宮」の表記があり、武蔵一宮 氷川神社とのつながりを強く感じます。

「氷川女体神社」は奈良時代に建立された有数の古社。
祭神は、稲田姫命(いなだひめのみこと)・三穂津姫命(みほつひめのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)の3神です。女体神社の”女体”は主祭神の稲田姫命に由来します。
氷川女体神社の境内には見沼の主であった竜神を祀る竜神社があります。また、神社の高台のふもとには竜神を鎮める為に行われていた祭祀の跡「磐船祭祭祀遺跡(いわふねまつりさいしいせき)」があります。
氷川女体社は三社の中でも、見沼とのつながりを特に深く感じられる神社です。
ちなみに、さいたま市のシンボルキャラクターである「竜のヌゥ」も見沼の竜伝説からネーミングされているんですよ!
詳細なレポートはこちらへ!(氷川女体神社・磐船祭祭祀遺跡・見沼氷川公園の紹介)
住所:埼玉県さいたま市緑区宮本2-17-1 (GoogleMapで開く)
「見沼通船堀公園」 江戸時代の運河跡

「見沼通船堀公園」は、氷川女体神社から南に4km程離れた場所にあります。見沼田んぼに関連した灌漑施設「見沼通船堀」の復元がある公園です。
見沼通船堀は、江戸時代中頃の享保16年(1731年)に築造された閘門(こうもん)式の運河。芝川と見沼代用水の水位調整を行う事により、河川間の通行を可能にした施設です。
実は運河の方式は、太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河と同じ方式なんですよ!
江戸との産業交流に貢献した歴史的価値により国指定史跡になっています。

公園は竹林に囲まれており、また、周辺は緑豊かな水辺の遊歩道が広がっており、散策路やサイクリングコースとしてオススメですよ!
住所:埼玉県さいたま市緑区大字大間木(GoogleMapで開く)
詳細なレポートはこちらへ!(見沼通船堀公園の紹介)
『 氷川三社の御朱印紹介 』

氷川三社の御朱印になります。
右から、武蔵一宮 氷川神社、氷川女体神社、左が中山神社で頂いた旧社名・氷川簸王子神社の御朱印。氷川三社の御朱印が揃い踏みです。
氷川神社三社マップ
ご紹介したスポットのマップです。
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出かけてみませんか?

氷川神社三社とその周辺のご紹介、いかがでしたか?
元々が見沼とのつながりが深い三社なので、見沼や見沼田んぼに関連したのどかな(田舎っぽい?)スポット紹介が多くなりましたね。
参拝に行かれる際、近隣スポットに併せて立ち寄ってみると、神社地元の地域が見えたり歴史を感じたりできて、より充実した参拝が楽しめると思いますよ。
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