
京都市中心部にある「二条城」は江戸時代に建てられ、初代徳川将軍・家康が征夷大将軍に任命された際盛大に祝賀が行われた場所です。
そして、徳川15代将軍・慶喜が政権を朝廷に返上する大政奉還が行われた場所として知られ、徳川時代の栄華と終焉を見守ってきた城です。
国宝「二の丸御殿」をはじめ見どころの多いスポットです。
世界遺産「古都京都の文化財」と二条城

「古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)」は、ユネスコの世界遺産として1994年に登録された文化遺産です。日本では5番目となる世界遺産登録でした。
登録された内容は、京都府京都市・宇治市、滋賀県大津市の2県3市に点在する17ヶ所の寺社と城郭で構成されます。この中では二条城は唯一の城郭ですね。
二条城はアクセスもしやすい京都市中心部にあります。訪問した際は、「さすが京都は歴史の町、古い文化財が町の中心部に残り素敵だ!」と思いました。
ですが。。。、京都の町は兵火や火事により、古くからの建物の多くは失われているそうです。確かに世界遺産の登録物件の多くはどちらかというと山側にあり、自然地形を利用して建てられた大寺院や庭園が多いですね。
そんな中で、東寺や二条城は平地部でも大火を逃れた貴重な文化遺産が残っており、世界遺産にも名を連ねている貴重な文化財といえます!
二条城、徳川の栄華と終焉を感じて歩く
二条城の概要
「二条城」の現在の正式名称は「元離宮二条城」。元離宮という呼び名は”元は皇室の建物と”言う意味です。
二条城は元々徳川幕府の物でしたが、それを皇室が接収し使用して、後に京都市に御下げ渡しになったのでこういう呼ばれ方になっています。
江戸時代の1603年(慶長8年)に築城されましたが、その目的としては徳川家康が京都に訪れた際の宿泊所でした。徳川家康が征夷大将軍に任命された際、盛大に祝賀の儀を行ったのもここ二条城でした。
そして、江戸幕府15代将軍・慶喜が朝廷に政権返上を申し出た慶応3年(1867年)の「大政奉還」が二条城で行われたのは、有名な歴史上の出来事ですね。
約260年間続いた徳川時代の幕開け・絶頂期・終焉を見届けてきた二条城を歩いてみました!
「東大手門」 意外な改築の歴史アリ

二条城の正面玄関にあたり、国の重要文化財でもある「東大手門」が訪問者を出迎えます。こちらで入場料を払って入場します。
現存の門は江戸時代の寛文2年(1662年)に建築されたものといわれます。

東大手門の遍歴ですが、築城当時は現在の門の様に2階建ての櫓門(やぐらもん)でした。
ですが3代将軍・家光の代の時、寛永3年(1626年)の後水尾天皇(ごみずのおてんのう)行幸に先立ち、天皇を2階から見下ろさない様に!との配慮から一重の門に建て替えられた、という経緯があったそうです。そーなんですね。
そんな改築の努力もあったせいか(笑)、後水尾天皇の二条城への5日間にも渡る壮大な行幸により、徳川家の隆盛を天下に知らしめることになりました。
「唐門」 紋章に秘密が

東大手門を抜けて進むと見えてくるのが、こちらの「唐門(からもん)」。これも二条城の見どころの一つです!
この先の二の丸御殿の正面入り口にあたる門で、こちらも国の重要文化財。
切妻造で桧皮葺(ひわだぶき)の四脚の造り。桧皮葺は屋根葺手法の一つで、桧(ひのき)の樹皮を用いる日本古来固有の施工法だそうですよ。
屋根前後にある丸みのある唐破風が印象的。

唐門は2013年(平成25年)に修復工事が行われており、かつての極彩色の美しさを取り戻しています。長寿の象徴である松竹梅に鶴、唐獅子と牡丹、蝶などの多くの彫刻があるので、行かれたら色々探してみて下さい!
ところで。。。、修復の際天皇家を表す菊の金具の下から、徳川家の葵(あおい)の紋の金具が見つかったそうです。
徳川家の紋は皇家の別荘「二条離宮」になった時にほとんどが削り取られました。ですが、唐門には隠れる様に二つの紋章が同居していたということになります。
なぜここの徳川紋は削らなかったのか?不思議ではありますが、興味深い発見ですわ。
「二の丸御殿」 必見!国宝の御殿

唐門を抜けて進むと国宝指定で二条城一番の見どころである「二の丸御殿」が姿を現します。
唐門同様唐破風が付いた右手の建物は「車寄」と呼ばれる建物で、御殿の玄関口にあたります。
いや~、重厚で存在感のある建物の景観ですねー。

現在の二の丸御殿は、寛永3年に大規模な拡張・修復工事が行なわれた当時の建物の姿が残っています。

二条城は徳川将軍上洛の時の宿泊所が主な役割の一つでした。
こちらは南東から北西にかけて、遠侍・式台・大広間・蘇鉄の間・黒書院・白書院の6棟が雁行形に立ち並ぶ御殿です。

撮影不可で内部は写真で紹介できませんが、部屋数33室、800畳余りあり、代表的な「松鷹図」をはじめ、将軍の威厳を示す虎や豹、桜や四季折々の花を描いた狩野派の障壁画で装飾されています。(公開は模写画)
大政奉還が行われた大広間も二の丸御殿の中にあり、歴史の舞台となった場所の見学はなかなか感慨深いものがあります。
「二の丸庭園」 御殿3方から鑑賞可

「二の丸庭園」は後水尾天皇行幸のために改修された庭園。国の特別名勝に指定されています。
二の丸御殿の大広間・黒書院・行幸御殿の3方向から鑑賞できるように工夫されています。
ゴツゴツとした石も多く、城っぽい荒々しさを醸し出している気がしました。 (庭園素人で良く分かっていませんが~)
「本丸御殿」 明治時代の宮家の建物

「本丸御殿」は内堀に囲まれているので橋を渡って入場します。

橋の御殿側には「本丸櫓門」が設置されており、これをくぐって場内へ。

「本丸御殿」です。
本丸御殿は二条城に元々あった建築物では無く、1893年(明治26年)に京都御所にあった桂宮御殿を移築したものです。
徳川の二条城とは関係しない建物ではありますが、宮家の貴重な建物として重要文化財に指定されています。
現在は内部の公開はされていません。本丸御殿エリアの半分は「本丸庭園」となっています。
「天守閣跡」 石垣が残る

本丸御殿の敷地の南西には「天守閣跡」があり、石垣だけが残っています。
かつては伏見城から移された五重六階の天守閣がありました。しかし、寛延3年(1750年)の落雷により焼失して以降、本丸は再建されませんでした。
江戸時代は御存じの通り政庁の中心は江戸に移っていました。その為、寛永年間以降、幕末まで将軍が二条城を使用することはしばらくありませんでした。
それで、天守閣はいらんだろ、という流れになったようですね。

天守閣跡からみた本丸御殿と本丸庭園。
現在の本丸庭園は明治時代に整備されたもので、敷き詰められた芝の中に園路があり洋風の趣ですね。
遠方に見える山並みは比叡山。良い見晴らしです!
その他の見どころ

北側の「北大手門」をはじめ他にも多くの重要文化財があります。
写真を撮り損ねてますが。。。東南隅櫓と西南隅櫓の2つの櫓が現存しています。

訪問時、場内では「アジア回廊 現代美術展」という日中韓の現代アーティストによるイベントが行われておりました!
写真は韓国人のアーティストによる野外オブジェ。面白いですよね?
イベントの開催情報も確認してから出かけるのも良いかもしれません。
アクセス
住所:京都市中京区二条通堀川西入二条城町541 (GoogleMapで開く)
電車)
・都営大江戸線「築地市場駅」A1出口より徒歩1分
車)
・名神高速道路「京都東IC」「京都南IC」から約30分
![]() | 価格:1,760円 |

出かけてみませんか?
いかがでしたか?
二条城は京都駅からもアクセスしやすい場所にあるので、京都に行かれるならオススメの見学スポットですよ!
写真で紹介できませんでしたが、二の丸御殿内部は豪華絢爛な装飾で、でも江戸時代の幕引きの舞台となった舞台。栄華と哀愁を感じつつ有意な見学の時間が過ごせました。
それと、場内にわずかに残る徳川の葵の紋を探してみるのもまた楽し、でしたよ。
二条城に出かけてみませんか?

サステナブルにお得な買い物ができるって、いいんじゃない。
【訪問日:2018/9/9】