もし目の前の崖に200以上の穴が空いていたら、あなたは何を想像しますか?
明治時代、日本の考古学の父・坪井正五郎氏はここを”コロボックル(小人)の住居”だと信じ、大論争を巻き起こしました。
現在は横穴式墓群と判明していますが、なぜこれほどまでに密集しているのか? どうやって造られたのか?そして戦時中には軍隊にどのように利用されたのか?
今回は単なる観光地としてではない、吉見百穴の真実を深堀りしてゆきます。
目次
「吉見百穴」219基の穴が並ぶ不思議な景観の正体とは?
コロボックルの居住説 vs 墳墓説、考古学の発展に繋がった激しい論争
埼玉県のほぼ中央に位置する吉見町の地形は、荒川流域の平野部と西部の丘陵地によって構成されています。
その西部丘陵の斜面に広がっている「吉見百穴」は、古墳時代末期の遺跡です。

入口の前に立つと、既に無数の穴の開いた切立った崖が見えており、その異様な景観に目が奪われます。
ちなみに”吉見百穴”の読み方なんですが、”よしみひゃくあな”とも”よしみひゃっけつ”とも呼ばれています。
地元では”ひゃくあな”の呼び方が多いらしいですが、文化庁のデータベースでは”ひゃっけつ”の読み仮名が付いていたりと、なんだかややこしい。
本記事ではあえて読み仮名を振りませんので、お好みの呼び名で読み進めて下さい(苦笑)。
では入場料300円を払って場内へ。

入場するとその不思議な穴の全景が現れます。
さて早速なんですが、古代に開けられたこちらの無数の穴、一体何の目的で造られたものなのでしょうか?
まずは発掘の歴史とともに、その正体を追ってみましょう。
吉見百穴の存在は既に江戸時代から知られており、元文元年(1736年)の古地図に所在が記されているほか、文化3年(1816年)の独笑庵立義(どうくしょうあんたつよし)の著書「川越・松山巡覧記」でも紹介されています。
しかし当時はその正体はもとより、正確な分布範囲や横穴数についても不明だったんですね。
これが明治時代の坪井正五郎氏の発掘調査を機に、その正体が明らかになってゆきます。

坪井正五郎氏による吉見百穴の発掘と論争の歴史
■明治20年(1887年):坪井正五郎氏(当時東京大学院生)により、6か月間にわたる全面発掘調査がおこなわれ237基の横穴が発見されます(現在残っているのは219基)。
■坪井正五郎氏は「コロボックル居住説」を提唱しますが、その後は「墳墓説」との2つに分かれての論争となります。
■大正時代:最新の研究により6世紀末~7世紀後半の古墳時代に作られた横穴墓(ぼ)、という説で着地。大正12年(1923年)には国史跡に指定されました。
とうことで、吉見百穴の正体は古墳時代に造られた横穴式の墓ということになります。
坪井氏が唱えたアイヌの伝説に登場する小人・コロボックルの住居説については、今の基準では「トンデモ説」に移るかもしれませんね。
これには当時の考古学はまだ人類学の延長線にとどまるもので、研究手法がまだ確立されていなかった、という背景があったんですね。
ですが吉見百穴の全貌が明らかになったのも、237基もの横穴を発掘した坪井氏の情熱があったからこそ。
また、横穴をめぐる激しい論争の展開は、まさにその後の我が国の考古学研究の方向を決定付けた、といった点でも坪井氏の貢献度は大きかったといえます。
坪井正五郎(1863-1913年)
日本の人類学者で、東京帝国大学で日本初の人類学講座を創設。縄文遺跡の発掘調査を行い、骨格や風俗の研究を通じて「日本人起源論」に大きな影響を与えた。
東京人類学会を設立し、日本人類学の基礎を築いた先駆的学者です。
前方後円墳には入れなかった人々 ― 吉見百穴に眠る「中堅層」のリアル
「先祖代々の墓」の芽生え!? 合理性が詰まった追葬の知恵

岩肌の中央部には階段が付いており、これを登りながら見学します。
階段は上に行くほど急になるので、歩きやすい靴で足元に注意して登ることをお勧め。
コケたらそれこそ墓穴を掘ることになりますからね(苦笑)。

崖の穴は一見、ボコボコと不規則に開いている様にも見えるのですが、しかし良く見ると、実は傾斜約45度を保ちながら左右に並んでいる、という規則性を持っているんですね。
さらに西側(正面左手)から東側(正面右手)へと向かうにつれて、その並び方が整っていく傾向も見られます。いやはや、これは興味深い。
西側と東側の差は掘られた年代の違いによるもの、と考えられます。
これら200基強の横穴墓は短期間で一度に掘られたものではなく、年間数基~数十基程度のペースで、何十年もの歳月を掛けて造り上げられたものらしいんですね。
気の遠くなるような年月を掛けて古代人が造り上げた遺跡が、悠久の時を超えて目の前にそびえ立っていると考えると、感慨深いものを感じます。

従来の古墳というと前方後円墳や円墳などが思い浮かびますが、それらの墓穴は竪穴式。有力者を埋葬するとそれで完結のイメージです。
一方、吉見百穴の横穴式の墓穴は、それらとは大きな違いがあるものでした。
横穴墓の特徴
元々は穴墓入口には、石の蓋が立っていました。
その蓋を外せば再び石室内に入れる構造となっており、従来の竪穴式の石室と違って追葬が可能となっているのが最大の特徴でした。
かつての古墳は基本的には有力豪族一人のためのものでしたが、吉見百穴は入口の蓋石を外せば後から家族も一緒に埋葬できという合理的なものだったんですね。
「先祖代々の墓」という現代の日本人にも繋がるファミリー・アイデンティティの芽生えが、この吉見百穴の構造には現れている気がします。
タガネの跡が語る1400年前の熱量 ― 重機無き時代の掘削作業
横穴墓に入って内部を見学できる個所もある。

穴墓の内部には、「棺座(かんざ)」と呼ばれる遺体を埋葬するための仕切りが設置されています。
棺座が2つの設けられているここは、2体の遺体を納めるための造りですね。

穴墓の中には3棺座や単棺座、さらには棺座のない穴もあるそうだ。
一方、遺体の腐敗防止への配慮と見られる、排水溝が設けられた穴もあるとのこと。

それにしても、現在のようにドリルや重機などの掘削器機などなかった当時、横穴墓は一体どのようにして掘られたのでしょうか?
穴の内部をよく観察すると、壁面に斜め方向の細い筋が生々しく残っているんですね。これらの痕跡から当時の掘削作業の実態が見えてきます。
どの様に横穴墓は掘削されたのか?
作業人数は?
・横穴墓の内部の面積はおよそ畳2~3枚分ほどで、内部に入れるのはせいぜい1~2人程度。1基の横穴墓は数人程度で掘られたと思われます。
岩の硬さは?
・横穴墓のある斜面は「凝灰質砂岩」という、実はとても柔らかい岩でできている。
それゆえ、古代人も簡単な道具を使いながら、なんとか掘ることができたと考えられます。
具体的な道具は?
・幅5cm前後の鉄の刃で削られた痕跡が確認できることから、鉄製の刃がついた「のみ」か 「手斧」のような道具を使って、岩盤を少しずつ削りながら掘っていたと思われます。
上記のような岩を掘る重労働を考えると、吉見百穴の全体イメージは集団墓地なんですが、誰でも入れた訳ではなく、身分の有る人物とその家族の埋葬場所だった、という見方が有力です。
埼玉古墳群との「決定的な差」― 権威の誇示か、血縁の団結か

埼玉県内には全国的にも良く知られている埼玉古墳群がありますが、その埼玉古墳群と吉見百穴の比較を一覧でまとめてみました。
【埼玉古墳群と吉見百穴の特徴の比較】
| 項目 | 埼玉古墳群 | 吉見百穴 |
| 主な形式 | 前方後円墳(巨大な盛り土) | 横穴墓(岩盤を掘り抜いた穴) |
| 築造時期 | 5世紀後半〜7世紀初め(全盛期) | 6世紀末〜7世紀後半(古墳末期) |
| 被葬者の階層 | 大王・超エリート層(国造クラス) | 地方有力層・中堅層(村の首長など) |
| 埋葬の性質 | 「個」の権威誇示(一人のための巨大墓) | 「族」の集団埋葬(家族・親族の永眠の地) |
| 内部構造 | 竪穴式石室 / 横穴式石室 | 凝灰岩を掘削した横穴(棺座あり) |
| 特徴的な構造 | 巨大な二重の堀、国宝級の副葬品 | 追葬(追加埋葬)が容易な構造 |
| 死生観のイメージ | 遠くから仰ぎ見る「神聖な山」 | 地域社会に根ざした「死者の街」 |
埼玉古墳群は個々の「高さ・大きさ」で権威を、一方、吉見百穴は「数」で結束を示した、そんな比較イメージが見えてきました。
\ 埼玉古墳群の詳細記事はこちら!/
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頂上からの眺望は良く富士山も望める

吉見百穴の頂上の高さは約50m程ですが、結構見晴らしが良いですよ。
天気が良ければ、富士山や秩父の武甲山あたりまでが望めるそうだ。

写真の前方左手に見える森にあるのは、国指定史跡「松山城跡」。
防御に築かれた空堀跡(水の無い堀)などの遺構が多く残っており、吉見百穴から歩いてゆける距離なので見学してみるのも良いと思います。

頂上には店っぽい建物がありましたが、営業はしていない感じ。

帰りは両脇にある緩い階段で下りました。
死者の安眠を切り裂く轟音 ― 古代墓群が「地下軍需工場」に転換された日
死者を祀る聖域を侵食した「戦時下の狂気」

吉見百穴が持つもう一つの歴史、それは戦時中に軍需工場として使われたこと。
戦時中には軍需工場が造られた
太平洋戦争末期、吉見百穴の地下には巨大トンネルが掘られ、軍需工場が造られました。
これは当時、大宮市(現さいたま市)にあった中島飛行機大宮製作所への空襲が懸念されたことから、当地への部品製造工場の疎開が計画されたというもの。
工場設置の際、当初発見された横穴の内18基が破壊されており、237基から219基へと減少しています。
工場は本格稼働へと移行する前に終戦を迎えました。

柵越しに見た、工場のあったトンネル内部。
手堀りで彫られた古代の百穴とは対照的に、重機を使い短期間で掘られたであろう巨大なトンネルが続いている。
それにしても”死者を祀る聖域(墓所)”が、”近代の”戦争の道具(軍需工場)”として破壊・利用されたというのは、実に皮肉なことですね。

軍事工場内部を示した地図がありましたが、通路が張り巡らされており、まるで迷路のよう。
以前はトンネル内にも入場できて一部見学できたのですが、現在は点検・調査により立ち入り禁止となっています。
百穴見学後に立寄りたい場内スポット
関東では珍しい天然記念物・ヒカリゴケの自生地

吉見百穴は天然記念物である「ヒカリゴケ」の自生地だったりもします。
ヒカリゴケとは?
その名の通り、黄緑色の光を放っているように見えるコケ類の植物のこと。
中部以北の山地に生息が見られますが、関東平野で見れるのは珍しいらしい。これは穴の中の冷涼な環境により自生しているという、稀有な例なんだそうだ。
ふ~む、思わぬところで百穴効果ですね。のぞいてみたら、確かにうっすらと緑色に光るコケが見えましたよ!
ヒカリゴケ自体は暗すぎて撮影できなかったので、こんな感じで見学するんですよ、という写真のみ紹介します。
「吉見町埋蔵文化財センター」出土品などを展示

敷地内には休憩所(右手)や、資料館「吉見町埋蔵文化財センター」(左手)があります。
埋蔵文化財センターは、吉見百穴の入場料のみで見学できるスポットです。

センターの入口前にあった吉見町のゆるキャラ、”よしみん”の埴輪。
顔の形は吉見町名産物のイチゴなのがわかるが、お腹の2537って何?
後で調べたら。。。、吉見町と鴻巣市にまたがる荒川の川幅は日本一を誇るのだが、これはその距離を記したものなんですって。それはマニアック過ぎてわからんなあ(苦笑)。

センター内では吉見百穴の出土品の展示のほか、松山城跡や吉見観音などの説明リーフレットなどもあり、周辺スポットの情報収集もできました。
また、”埴輪づくり”や”勾玉づくり”の体験学習も用意されているので、ファミリーでの訪問でも楽しめそうだ。
かつて正岡子規も吉見百穴を訪問

明治24年(1891年)には俳人・正岡子規も当地を訪れており、その際に詠まれた俳句が刻まれた石碑があります。
「神の代は かくやありけん 冬籠」
石碑は平成16年(2004年)に町の記念行事として造られました。
正岡子規(1867-1902年)
明治期の俳人・歌人・評論家。写生を基調に俳句・短歌の革新を進め、日本近代文学の基盤を築いた。
幼少期から地理や名所に関心を持ち、各地を旅して自然や風物を写実的に描写した句作や紀行文を多く残しました。結核を患いながらも病床で執筆を続け、「病床六尺」などに生涯の感慨を記した。
名物の五家宝が旨かった

場内にはそば・うどんなどの食事もできる、土産物屋が2軒ありました。

当地の名物である五家宝はかなり充実の品揃え。
一般的なきな粉の物をはじめ、チョコレート・オレンジ・レモン・クランベリーなどの変わりダネも。五家宝のバリエーションも進化してるんですねえ。
どれどれと、クランベリー味を一個購入してパクリ。ほのかな甘酸っぱさが美味でこれはイケる!
訪問されたらお一つお試しあれ。
関東60カ所の古墳・古墳群を、わかりやすい実測図掲載にて紹介!
各県とも結構見応えのある様々な古墳があるんですね!
タモリさんならではの視点で、川越の歴史が解き明かされてゆきます。
読めば出かけてみたくなるはず!
吉見百穴のアクセス情報と近隣立寄りスポット
吉見百穴の詳細情報とアクセス方法
吉見百穴
埋蔵文化財センターの案内ページ
住所:埼玉県比企郡吉見町大字北吉見324(GoogleMapで開く)
営業時間:8:30〜17:00(年中無休)
入場料:中学生以上 300円、小学生 200円、小学生未満 無料
アクセス:
電車)
・東武東上線「東松山駅」下車、川越観光バス「免許センター行」約5分、「百穴入口」下車徒歩約5分
・JR高崎線「鴻巣駅」下車、川越観光バス「東松山駅行」約25分、「百穴入口」下車徒歩約5分
・川越観光自働車のページにて路線バスの時刻表が見れます
車)
・関越自動車道「東松山IC」から鴻巣方面へ約5km
・圏央道「川島IC」から東松山方面へ約8km
・国道17号より鴻巣天神2丁目交差点から東松山方面へ約10km
周辺の立寄りスポット
~歴史を感じられる近隣スポット~
岩室観音堂
吉見百穴の向かいにあり、吉見百穴の駐車場から歩いて行ける場所にある観音堂。
崖にもたせかけて造られた”懸造り”と呼ばれる形式の建物で、山寺のような雰囲気たっぷりのその様相に思わず息を飲みます。
住所:埼玉県比企郡吉見町北吉見309(GoogleMapで開く)
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松山城跡
戦国時代の城郭跡で、こちらも吉見百穴の直ぐ近くの高台にある史跡。
遺構である”空堀”が多く残っており、戦国時代の城の造りがどのようなものだったか、その特徴を知ることができます。歩き易い靴での散策がお勧め。
住所:埼玉県比企郡吉見町北吉見298(GoogleMapで開く)
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源頼朝の弟・源範頼が幼少期に身を隠したと伝わる古刹。江戸時代の三重塔は県内には3基しか残っていませんが、そのうちの1基が残っています。
吉見百穴からは1.5km程の場所にあり、是非立ち寄ってみたいスポット。
住所:埼玉県比企郡吉見町御所374(GoogleMapで開く)
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【うどん】名代 四方吉うどん
うどん王国・埼玉を象徴する、行列の絶えない人気店。
古くから小麦の栽培が盛んな吉見町で育まれた、力強いコシのある武蔵野うどんを味わうことができます。
吉見町のB級グルメ「辛ねぎあぶらみそ玉うどん」が人気。
公式ページ
住所:埼玉県比企郡吉見町中新井990-3(GoogleMapで開く)
【古民家カフェ】マロ
築約150年の歴史を持つ稲荷神社の社務所をリノベーションした、竹林に囲まれた静かな空間のカフェ。
現代美術家のご主人と陶芸家の奥様が営む、芸術的な感性が古民家と融合した空間は、史跡見学の余韻を深める場として最適です。
手作りケーキやコーヒー。夏場は和牛のローストビーフ、冬場は薪ストーブで煮込んだビーフシチューなどが楽しめます。
公式ページ
住所:埼玉県比企郡吉見町上細谷73(GoogleMapで開く)
【食堂】畑食堂
地元の新鮮な野菜と自家米を使った、体に優しい和食が楽しめる食堂です。
お勧めは日替わりの畑ごはん。人気店なので予約しての訪問が無難のようですよ。
公式Facebook
住所:埼玉県比企郡吉見町飯島新田662-1(GoogleMapで開く)
吉見周辺のランチは事前予約やクーポン利用で、並ばずお得に!!
不思議スポット、吉見百穴にでかけてみよう!
無数の穴が具体的にどのように掘られたのかを知ると、目の前に広がっている無数の穴には想像を絶する労力が掛けられたことがわかり、古代人たちの凄まじい執念を感じました。
吉見町には他にも歴史が感じられるスポットが多くあるので、吉見百穴の見学後には、ぜひ色々巡ってみて下さい。
一日で古墳時代~戦国時代~江戸時代とタイプスリップできますよ!

記事の訪問日:2021/5/9




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