栃木県足利市に位置する「鑁阿寺(ばんなじ)」は、室町幕府を開いた足利氏の発祥地であり、四方を水堀と土塁に囲まれた日本100名城(足利氏宅跡)としても知られる歴史ファン必見のスポットです。
お寺でありながら武家屋敷の面影を色濃く残す境内は、風情ある参道から始まり、まるで鎌倉時代へタイムスリップしたかのような街歩きが楽しめます。
本記事では鑁阿寺の歴史的な見どころや、徳川家との知られざるルーツの繋がり、そして拝観情報を分かりやすく解説。また、近隣にあり、訪問時には立寄り必須!の史跡・足利学校とあわせて巡るおすすめの散策コースも紹介します。
目次
鑁阿寺とは?足利氏ゆかりの歴史と国宝・中世の館跡を歩く
足利尊氏を輩出した足利氏発祥の歴史に触れる
「鑁阿寺(ばんなじ)」の最寄り駅は、東武・足利市駅かJR足利駅となりますが、どちらの駅からも1kmほどの徒歩圏内にあり比較的アクセスしやすいです。
車の場合は鑁阿寺には駐車場はないので、歩いて1分ほどの観光案内施設「太平記館」の無料駐車場に停めて歩くのが良いと思います。

本日は足利市駅からのアクセス。
市内中央を流れる渡良瀬川を渡るルートになりますが、北側には山地・丘陵、南側には平地が広がる、風光明媚な景観が楽しめました。
街の中心部を通る県道から大日大門通りと呼ばれる参道に入ると、鑁阿寺が見えてきました。

鑁阿寺手前の参道脇に立っていたのは、こちらの「征夷大将軍 足利尊氏公の像」。
足利氏発祥の地といわれる足利市
平安時代の武将・源義家の孫にあたる源義国が足利荘(現在の足利市周辺)を基盤とし、その子・足利義康が足利氏を名乗ったため、足利市は足利氏発祥の地と呼ばれています。
義康は足利荘を本拠として勢力を広げ、その子孫から鎌倉幕府の有力御家人、さらには室町幕府を開く足利尊氏が登場しました。
室町幕府を築いた足利尊氏は、その足利氏の8代目にあたります。
この像は、足利尊氏を主人公としたNHK大河ドラマ「太平記」が放送された平成3年(1991年)に建てられました。
寺なのに水掘と土塁?「日本100名城」にも数えられる足利氏宅の武家屋敷遺構

楼門の前に架かる屋根付きの太鼓橋が、独特の景観を創り出しています。
門は永禄7(1564年)に、足利第13代将軍・義輝によって再建されたもの。

橋の下には川?と思いきや、そこにあったのは人工的に造られた堀。
敷地周囲の200m四方は水堀と土塁で固められており、まるで城跡のようなたたずまい。これはかつて、ここが武家屋敷であった面影が残っているものなんですね。

鑁阿寺は、平安時代末期に足利氏の祖・足利義康が足利荘に築いた館を起源とします。
その義康の子・足利義兼が父の館を寺院へと改め、建久7年(1196年)に本尊として大日如来を安置。
その後、足利氏の氏寺へと発展し、鎌倉・室町時代を通じて厚い信仰と庇護を受けました。
そんな経緯を持つ鑁阿寺は、寺院であるとともに国指定史跡「足利氏宅跡」であり、日本100名城の一城にも数えられています。

楼門の両側に納められているのは、鎌倉時代の運慶作と伝わる仁王尊像。荒々しい感じが伝わってきます。

釘を使わず組み上げている、楼門の組細工の木組みが美しい。
門はどうやら鳩の憩いの場になっている様子。上からの落とし物に注意しつつ境内へ。
足利氏発祥の地「鑁阿寺(ばんなじ)」、武家屋敷の面影を残す国史跡の魅力
なぜ鑁阿寺本堂は国宝なのか?鎌倉時代の禅宗様建築の美しさに注目

本堂
楼門を抜けた参道の先に、鑁阿寺の中心的な建物である本堂が見えてきました。正面の3分の2ぐらいを占める、雄大な屋根部が特徴的ですね。
この本堂は平成25年(2013年)に国宝に指定されています。
鑁阿寺の国宝・本堂の特徴
本堂は鎌倉時代に建てられたもので、その建築様式には、日本古来の様式と中国渡来の禅宗様(ぜんしゅうよう)との折衷が見られる。
現存する鎌倉時代の禅宗様の建築物自体が希少ということに加え、初期の禅宗様の建築例が見られる点が大変貴重とのこと。
そもそも鎌倉時代の現存建築物自体が、滅多に見られるものではないですよね。

写真を見て「屋根の中央部だけ不自然に汚れてない?」と思った方は、なかなかスルドイ。
これは平成21・22年度に屋根瓦の葺替えをおこなった際、残った当時の中世瓦を中央部に集中させたものとのこと。
さらにその上部分に付いている、それぞれ違う3つの家紋にも注目。
向かって右の「足利二つ引き」と呼ばれ家紋は、足利将軍家の家紋。真ん中の”菊の紋”と左手の”桐紋”は、後醍醐天皇から頂いたものとのこと。
足利尊氏が後醍醐天皇による鎌倉幕府討幕において、大きな役割を果した関係を物語っています。その後、尊氏は後醍醐天皇と決別して室町幕府を築くわけですが。。。

現在の本堂は正安元年(1299年)に、足利尊氏の父にあたる足利貞氏が再建したもの。
足利義兼築造による初代本堂は、残念ながら寛喜元年(1229年)の落雷で焼失しています。

禅宗様の特徴は、木割が細く、組物の装飾的な造りが多い点。
ちなみに本堂正面にある彫刻や装飾には、江戸時代に施されたものも含まれているとのことだ。
御朱印の頒布や御城印の販売、そして日本100名城スタンプの対応も本堂でおこなわれています。
国重要文化財・一切経堂|八角輪蔵を一回転で一切経2千巻の御利益!?
本堂以外にも境内には多くの文化財が残っている。しかも拝観料もなく、自由に見学できるのがありがたいところだ。

一切経堂
経典を納めたお堂「一切経堂( いっさいきょうぞう)」は、国重要文化財に指定されています。
元々は足利義兼が創建しましたが、現在の建物は応永14年(1407年)に足利満兼が再建したもの。
堂内の中央部には一切経2千巻あまりを収めた、高さ15m程の八角型の輪蔵(経棚)があります。
その取っ手を押して1回転させると、なんと!経典をすべて読んだのと同じ御利益が頂けるらしいですよ。
ずいぶんと便利な、もとい、ありがたい器機があるんですね。
通常は非公開ですが、初詣の時期や春秋の大祭に一般公開されています。
多宝塔|徳川将軍家との絆を物語る塔と、樹齢約550年の大銀杏

多宝塔
金剛界大日如来本尊前と勢至菩薩(二十三夜尊)が祀られているこちらのこちらの「多宝塔」は、徳川5代将軍綱吉の母・桂昌院(けいしょういん)が元祿5年(1692年)に再建した、と伝わるもの。
調査では寛永6年(1629年)の銘が見つかっており、築年代はさらに古いものとも考えられています。
ここで徳川将軍家との繋がりもでてきましたね。
綱吉政権下における桂昌院は寺社の造営・修復を積極的に支援するなど、文化事業を積極的に後援したことで知られています。

多宝塔のそばに立っている大木は、樹齢550年前後といわれる大銀杏。
古木にも関わらず青々と生い茂っているこちらは、県の天然記念物に指定されています。
木々が色づく、秋の季節の訪問も良さそうですね。
”徒然草”に見る執権・北条氏と足利氏の関係、名産の織物のこと

多宝塔の近くに、吉田兼好の「徒然草 第二百十六段」が彫られた石碑がある。
内容は鎌倉幕府5代目執権・北条時頼が、足利3代目当主・義氏の所に立寄り宴が催された時のことで、北条氏と足利氏の親密さがうかがえるもの。
その中で注目したいのが、時頼が「毎年頂く足利の染め物(織物)が待ち遠しくて仕方ない」と言ったのに対し、義氏が「用意してありますよ」と応えている箇所。
足利には織物の町として栄えた歴史がありますが、鎌倉時代には既に織物が名産物だったことを知ることができる点で興味深い内容となっています。
\ 足利市の織物の歴史に触れられる織姫神社についてはこちら!/
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徳川将軍家と足利氏と鑁阿寺の意外な繋がりとは?
御霊屋|徳川11代将軍・家斉が寄進。足利氏の祖先を祀る施設

御霊屋
境内北西の奥まった場所にあり、板塀で囲まれた特別感のある「御霊屋(おたまや)」は、先祖の霊をお祀りする特に神聖な施設。見学は外側からのみでした。
板塀内には拝殿と本殿が配されており、拝殿には足利15代将軍・足利義昭像が、本殿には源氏の祖が祀られています。
その本殿裏手には足利義兼の父である義康と、祖父の義国の墓所があるとのこと。
なぜ、鑁阿寺は徳川将軍家から保護されたのか?
この建物は徳川11代将軍・家斉寄進によるもので、屋根には徳川家家紋の三つ葉葵が輝いています。

御霊屋
前述の徳川綱吉の母・桂昌院による多宝塔の再建など、鑁阿寺は徳川将軍家から厚い保護を受けましたが、実はそれには理由があります。
鑁阿寺と徳川将軍家との繋がり
徳川家は上野国新田郷(現・群馬県太田市)をルーツとする、新田氏の末裔を称していました。
足利氏と新田氏はいずれも源義国を祖とする同族であり、徳川家にとって足利氏の氏寺である鑁阿寺は「祖先ゆかりの寺」という深い血脈的意義を持っていました。
徳川家による支援の背景には、新田流の血統を強調し足利氏の威光を継承・保護することで、徳川将軍家の正統性と権威を担保する、という政治的な意図があったと考えられます。
見逃せない国重文の鐘楼と、小さなお堂を巡る
国重要文化財・鐘楼|足利義兼築造。鎌倉時代の現存建築物

鐘楼
境内の南東側の一画にある「鐘楼」は、鑁阿寺建立当時の現存建築物。国重要文化財に指定されており見逃せません。
梵鐘は元祿時代に再鋳されたものですが、戦時の供出を免れて残っておりこちらも貴重なもの。
蛭子堂・大黒堂・大酉堂|足利義兼の正室・北条時子ゆかりのお堂
本堂の北側には、3つの小さなお堂が並んでいます。

蛭子堂
こちらは足利義兼の妻・北條時子が安産守護として祀られている「蛭子(ひるこ)堂」です。
足利義兼の正室・北条時子は、鎌倉幕府の有力御家人で初代執権となった北条時政の娘。そして源頼朝の正室・北条政子の妹にあたる。
この結びつきが北条氏と足利氏の絆を強くしていました。

大黒堂
通気性の良い校倉(あぜくら)風の建物「大黒堂」は、宝物を収蔵する倉庫として使用されました。
現在の建物は宝暦2年(1752年)に再修されたもの。

大西堂
「大西堂(おおとりどう)」にはかつて足利尊氏が祀られていましたが、明治時代中期頃からは大酉大権現を本尊として祀るお堂となりました。
室町幕府初代将軍・足利尊氏を真田広之が演じ、高視聴率で話題を呼んだ伝説の大河ドラマ!
タモリさんならではの視点で、日光の歴史が解き明かされてゆきます。
読めば出かけてみたくなるはず!
鑁阿寺のアクセスと立寄り情報
鑁阿寺(足利氏宅跡)のアクセス情報
鑁阿寺(足利氏宅跡)
公式サイト
住所:栃木県足利市家富町2220(GoogleMapで開く)
アクセス:
電車)
・JR両毛線「足利駅」から徒歩約10分
・東武伊勢崎線「足利市駅」から徒歩約10分
車)
・北関道自動車道「足利IC」から約15分
・境内無料駐車場50台
足利市市内の移動情報と足利市へのアクセス
市内を循環する足利市路線バス「あしバスアッシー」が利用できます。
主な観光スポットの最寄りバス停:鑁阿寺「大日西門」、足利学校「足利学校東」、織姫神社「通5丁目」、あしかがフラワーパーク「あしかがフラワーパーク駅入口」など
足利市のあしバスアッシーのページ
足利市へのアクセス
電車)
・東武鉄道「浅草駅」から東武伊勢崎線の特急りょうもう号利用で約70分乗車。「足利市駅」下車(乗り換えなし)。
・JR「上野駅」から東北新幹線又は宇都宮線で「小山駅」下車、両毛線に乗り換えて小山駅から約40分、「足利駅」下車。
・JR「高崎駅」から両毛線乗車にて約60分、「足利駅」下車
車)
・北関東自動車道「足利IC」から市内まで約10分。
足利のランチは事前予約やクーポン利用で、並ばずお得に!!
周辺のおすすめ立寄りスポット
観光案内所「太平記館」

平成3年(1991年)に、真田広之氏主演で足利尊氏を描いたNHK大河ドラマ「太平記」が放映されました。
当時放映を記念して足利氏ゆかりのこの地に建てられた「太平記館」が、現在も観光施設として活用されています。
撮影時は足利市に鎌倉や京都の町並みを再現したオープンセットが作られるなど、大々的にロケがおこなわれたそうなんですよ!
太平記館は鑁阿寺から歩いて2~3分の場所なので、訪問時には休憩がてら是非立ち寄ってみて下さい。
公式サイト
住所:足利市伊勢町3丁目6-4(GoogleMapで開く)
営業時間:9時~17時まで
休館日:年末(公式ページでご確認下さい。)
史跡「足利学校跡」
現存の日本最古の学校遺跡で、かつてはF・ザビエルにより”坂東の大学”として西洋にも紹介された歴史を持ちます。
現存する日本最古の孔子廟を中心に、江戸時代の頃の姿が再現されています。
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栃木県足利市は、鎌倉時代から室町時代にかけて大きな影響力を持った足利氏ゆかりの地として知られ、市内各所に中世の歴史を感じられる史跡が点在します。足利氏の氏寺…
公式サイト
住所:栃木県足利市昌平町2338(GoogleMapで開く)
神社「足利織姫神社」
街を一望する高台に鎮座する、鮮やかな朱色の社殿が美しい神社。地元の織物産業との結びつきの強い神社。
縁結びの御利益を頂ける神社としても知られ、縁結び坂の七色の鳥居も楽しい。
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公式サイト
住所:栃木県足利市西宮町3889番(GoogleMapで開く)
日帰り散策タイムテーブル案
電車と徒歩でめぐる、足利市内の日帰り散策モデルコースを作成してみましたので、訪問の際の参考にしてみてください。
日帰り散策タイムテーブル案
10:00~10:20 JR足利駅又は、東武足利市駅到着、移動
10:20~10:50 観光情報総合案内所・太平記館に立寄り(観光マップの入手など)
10:55~12:30 史跡 足利学校見学
12:30~13:30 大門通周辺でランチ
13:30~15:00 鑁阿寺見学
15:00~15:15 移動
15:15~16:45 足利織姫神社参拝
16:45~17:00 JR足利駅又は、東武足利市駅へ移動、帰宅

足利氏の館跡から徳川家ゆかりの寺へ―歴史を重ねて歩く鑁阿寺
国宝の本堂や重要文化財の建造物を目当てに訪れましたが、境内を歩くうちに見えてきたのが、鑁阿寺が歩んできた長い歴史です。
足利氏が築いた館を起源とし、足利尊氏へとつながる中世の歴史を刻む一方、江戸時代には徳川将軍家ゆかりの建造物も残されています。
堀や土塁をたどれば中世武士の館の面影を感じ、堂塔を眺めれば、その後の時代に受け継がれてきた信仰と歴史に触れられます。
足利の街を訪れる際は、足利学校など周辺の史跡と合わせて、時代をさかのぼるように鑁阿寺を歩いてみませんか。
記事の訪問日:2022/8/19



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