東京・品川にある品川神社は、源頼朝が創建したと伝わる歴史ある神社です。
江戸時代には東海道第一宿・品川宿の総鎮守として信仰を集め、徳川家康が関ヶ原の戦勝を祈願したほか、徳川将軍家とも深い関わりを持ちました。
境内には徳川家ゆかりの文化財や阿那稲荷神社、珍しい双龍鳥居、そして都内最大級の「品川富士」も残されています。
今回は、品川神社の歴史と見どころを巡りながら、旧東海道・品川宿へと続く歴史散策の魅力をご紹介します。
目次
品川神社とは?東海道・品川宿を見守ってきた古社
品川はなぜ交通の要所になったのか?東海道と品川湊

「品川の駅海上」 初代 歌川広重作
(出典:国立国会図書館)
徳川家康は天下統一をした後に街道整備をおこないましたが、とりわけ重要視したのが江戸・日本橋から京都・三条大橋まで通じる東海道でした。
慶長6年(1601年)には他の街道に先駆けて伝馬制が敷かれ、日本橋からの第一宿となる品川宿が設置されます。
以降、品川宿は昔より舟運の拠点であった品川湊とも結びつきながら、江戸に最も近い、多くの旅人が行き交う宿場として発展してゆきます。
品川宿は、商人や職人が多く住む北品川、寺社や武家屋敷が点在する南品川、この2つのエリアに分かれていましたが、北品川宿の総鎮守として鎮座していたのが品川神社でした。
源頼朝が創建した品川神社の歴史
文治3年(1187年)の創建と伝わる品川神社は、源頼朝が安房国の洲崎明神から天比理乃咩命(あまのひりのめ のみこと)を勧請し、海上交通の安全と祈願成就を願ったのに始まるとされます。

その後、二階堂道蘊(どううん)が宇賀之売命(うかのみたまのみこと)を、太田道灌が素盞嗚尊(すさのおのみこと)をそれぞれ祀った歴史の中で、現在の三柱の御祭神が形成されたと伝わるもの。
武将との結びつきを持ちつつ、鎌倉・室町・戦国という時代の変化とともに、品川の地と神社の関係が深まっていったことが分かります。

入口で参拝者を出迎えてくれるのが、鳥居の脇に立っている狛犬と、七福神の一人である大黒天の大きな石像。

境内へと続く急な登り階段が、ボコっと突き出た台地の上に鎮座している、品川神社の立地を実感させます。
徳川家康・徳川将軍家と品川神社との繋がり
品川神社を訪ねる歴史的な見どころの一つが、徳川将軍家との関わりです。
なぜ品川神社は徳川将軍家の庇護を受けたのか?
寛永14年(1637年)、徳川3代将軍・家光の命により品川に東海寺が建立され、品川神社はその鎮守に定められます。
東海寺は家光が厚く信頼していた名僧、沢庵宗彭(たくあんそうほう)のために建立した寺院。品川神社はその東海寺とともに、将軍家の庇護を受けました。
蛇足だが、沢庵漬けという漬物があるが、これは沢庵宗彭が考案したと考えらえれており、徳川家光が東海寺で食した時にたいそう気に入り、「名前は沢庵漬けと呼ぶべし」と言った、とも伝えらえれます。

江戸時代になると品川神社は、建物の再建・修復を幕府が負担する「御修覆所」となる。
それにより、江戸時代には将軍命による二度の社殿再建がおこなわれ、徳川家との関係を深めてゆきました。
石鳥居|徳川家光の側近・堀田正盛による奉納品

参道の石鳥居も徳川幕府との繋がりを示す、重要な文化財のひとつ。慶安元年(1648年)に徳川家光の側近だった堀田正盛が奉納したものです。
都内では上野東照宮の鳥居に次ぐ古い鳥居といわれるもので、品川区の指定有形文化財。これは貴重ですね!
堀田正盛(1609-1651年)
江戸時代前期の譜代大名で、徳川家光の側近として老中や大老格の要職を歴任し、幕政の中枢で活躍。
特に寛永期の幕府体制確立に貢献しました。家光の死に際して殉死したことでも知られています。
徳川家康が関ヶ原へ向かう際、品川神社に戦勝祈願

品川神社と徳川家との繋がりの始まりは、慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いへと向かう徳川家康が、品川神社で戦勝を祈願したこと。
その後、祈願成就の御礼として「天下一嘗の面」や「葵神輿」が奉納されています。
関ヶ原の戦いという大きな歴史の転換点に関係したことから、品川神社が単なる「徳川家ゆかりの神社」ではなかったということを知ることができます。

元禄7年(1694年)に社殿が焼失した際には徳川5代将軍・綱吉の命より再建され、嘉永3年(1850年)に焼失した際には12代将軍・家慶の命により再建されました。
現在の社殿は、老朽化に伴い昭和39年(1964年)に新築されたもの。
天下一嘗の面、葵神輿|徳川家康が戦勝成就で奉納

手水舎に架かった額には、家康が奉納した神輿(葵神輿)と、神輿に屋根に付けられた「天下一嘗の面」が描かれている。(現在は神輿にはレプリカが付けられます。)
室町時代中期の作とされる天下一嘗の面は、舞楽の演目で使用される赤面さまと呼ばれるもので、ちょっと微笑ましい雰囲気もあるもの。
天下一嘗の面と葵神輿は「宝物殿」で見学することができるので、ぜひ見学していってください。
宝物殿
開館時間:9:30~16:30
開館日:正月期間、6月の例大祭期間中、11月中の土・日・祝日
※上記以外の日は必ず事前に予約が必要。神社行事等により予約を受けられない場合もあり。
明治時代には准勅祭神社に、現在は東京十社の一社
明治時代になると、明治天皇は東京の鎮護を祈るために「准勅祭神社」を定めましたが、品川神社もその一社に選ばれています。
准勅祭神社の制度は後に廃止されましたが、昭和天皇の御即位50年の際、元准勅祭神社による「東京十社」が設定されました。
この十社を巡拝する「東京十社めぐり」では、専用の御朱印帳やミニ絵馬(各社オリジナル)・大絵馬などが用意されており、江戸・東京の歴史にふれつつ楽しく参拝ができるので、ぜひめぐってみて下さい。
\ 東京十社めぐりの詳細はこちらへ!/
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阿那稲荷神社と「一粒萬倍の御神水」

社殿の右手には、「阿那稲荷社(あないなりしゃ)」の小さな鳥居が並んでいます。

鳥居の先の社には阿那稲荷社の上社があり、「天の恵みの霊」が祀られています。

「上社」でピンと来た方もいるかと思いますが、そう、阿那稲荷社には下社もあり、上社・下社の2社で構成されているんですね。
谷に向かって階段と鳥居が続いており、高低差のある独特の地形を感じつつ下ってゆく。
歩きながら、「阿那」は「穴」からきてるんじゃないか?ふと、そんな想像が頭をよぎった。

下りた先に、提灯が秘めやかな雰囲気を醸し出している下社が現れる。阿那稲荷社の扁額には「一粒萬倍」の文字が。
下社では「地の恵みの霊」と「御神水」がお祀りされています。

そして一角にあるのが「一粒萬倍(いちりゅうまんばい)の御神水」と呼ばれる湧き水で、この御神水には一粒の米が萬倍の稲穂となるという、大きな御神徳があるそうだ。
柄杓と小さなザルが置いてあったので、小銭とお札を洗わせて頂きました。どうぞ、これらが萬倍になりますように。。。
品川神社境内の見逃せない歴史スポットを歩く
双龍鳥居|昇龍・降龍には水と関わりの深い土地柄を感じる

品川神社の入口に立つと目を引くのが、大正14年(1925年)に建造された石鳥居。
左右の柱に昇龍と降龍が刻まれており、独特の存在感を発しています。
左側に彫られているのが昇龍。

右側にあるのが降龍。
龍は古来より、水と関係の深い神聖な存在とされてきた。
こちらの双龍鳥居も、品川という海と深い関りを持つ土地柄を考えながら見ると、単に珍しいばかりではなく、品川という立地と重なってくるものが感じられます。
包丁塚・東海七福神めぐり発祥の碑|品川宿との関係を感じさせる

庖丁塚
境内入口付近にある「包丁塚」は、使い古された庖丁と鳥獣魚介慰霊のために、品川区の鮨商環衛組合連合会が立てたもの。
かつて品川宿があった品川には、現在も飲食関係の店が多く集まっており、品川神社とも深い関係を持っていることが伝わってきます。

東海七福神めぐり発祥の碑
また、旧品川宿周辺の社寺をめぐる「東海七福神めぐり」も、品川宿との繋がりを感じさせるもの。
昭和7年(1932年)に約4.5Kmの巡拝コースが定められ、品川神社には大黒天が祀られています。
品川神社のホームページ にはマップ(おめぐり図)もあるので、品川神社参拝と併せてめぐってみてはいかが?特に元旦から1月15日までの期間には、宝船と七福神像の授与があります。
品川神社は狛犬の宝庫!江戸時代の狛犬や備前焼の狛犬も
実は品川神社は様々な狛犬に出会える、狛犬好きにはたまらない神社なんですよ!

こちらは石段を登った先の境内入口にいる狛犬。寛政4年(1789年)の奉納品で、ツノを生やしているのが特徴です。
日本の狛犬文化は平安時代に始まったといわれますが、当時はツノつきのものが正統派スタイルだったようですよ。

その先にいる狛犬は、文政13年(1830年)年に奉納された備前焼の狛犬。これは関東では結構珍しいのではないだろうか。
焼かれた備前(現、岡山県)の窯元の名前も彫られており、わざわざ遠方から取り寄せたこだわりが伝わってくる一品です。
品川神社では7か所にいる狛犬に出会えますので、ぜひ、参拝の際には探してみてください。ちなみにその内1か所は社殿内となります。
浅間神社|三遊亭円丈が奉納した狛犬

境内社「浅間神社」は隣にある富士塚と対の存在となる、富士山信仰に関連する神社です。

社殿の前にも躍動感のある勇ましい狛犬がおり、台座も彩色された富士山が印象的な凝ったもの。
実はこれ、平成16年(2004年)に落語家の故・三遊亭円丈(さんゆうてい えんじょう)氏が奉納した狛犬で、「くも狛犬」と命名された狛犬。
三遊亭円丈氏は大の狛犬好きで、日本参道狛犬研究会なる会も発足されていたんですよ。
三遊亭圓丈(1944-2021年)
古典を現代に合わせた新しい視点で演じ、新作落語の創作にも力を入れた落語家。
既存の枠にとらわれない実験的な高座で知られ、「実験落語」を提唱。独特の世界観と表現で、落語に新たな可能性を切り開きました。
従来の落語ファンだけでなく、若い世代からも支持を集め、落語界に新風を吹き込んだ異端の天才と称されました。

境内の傍には交通旅行安全守護「ぶじかえる」の蛙の石像。
富士+蛙で「無事(ふじ)帰る(蛙)」にかけているんですよね、きっと。。。
品川富士|都内最大級といわれる富士塚に登ってみよう!
品川富士とは?なぜ神社の境内に富士山があるのか

品川神社最大の特徴の一つ、境内に築かれた「品川富士」を最後に紹介。
富士山信仰が盛んだった江戸時代、富士講の人々により、実際の富士山に登ることが難しい人でも富士登山を体験できるよう、各地に富士塚が築かれました。
品川富士は明治2年(1869年)から5年(1872年)にかけて築造されたもので、高さ約15mとされる都内最大級の富士塚。現在は品川区指定有形民俗文化財です。
富士信仰という江戸・明治の庶民文化を、実際に登って体感できるのが魅力で、本日の登山も楽しみにしていました!
1合目から9合目まである「ミニチュア富士」を登る

1合目から9合目までの標石が設けられており、実際の富士登山を思わせる構造。
品川富士では毎年7月上旬、現在でも品川丸嘉講社によりに山開きの神事がおこなわれているとのこと。
これは現存の富士塚なかでも希少なんですよ。

ちょっと怖そうな面々に見送られながら登山開始。

山肌には溶岩が配置されており、なかなかリアルな仕上がり。7合目から少し険しくなりますが、頂上はすぐそこ!
品川富士から眺める「かつての品川」

山頂到着。京浜急行の高架された線路を見下ろす景観が、その高さを実感させる。
そして周囲を眺めると、現在の品川は高層ビルや鉄道が行き交う大都市であることが分かります。
一方、この場所にはかつて東海道第一宿の品川宿が広がり、海側には品川湊がありました。
富士塚の上から現在の街を眺めながら、「ここを江戸時代の旅人が歩いていた」と想像してみるのも歴史散策の楽しみ方のひとつです。
御朱印|元准勅祭十社の印が入ったもの

江戸時代に歌川広重が描いた名所江戸百景を、現在の写真や地図と対比して解説したガイドブック。
東京歩きが楽しくなる1冊!
日本坂道学会・副会長のタモリさんのエピソードをまじえながら、
坂めぐり・歴史めぐりの14のお散歩コースが紹介されています。
品川神社の詳細情報・アクセス
品川神社
公式サイト
住所:東京都品川区北品川3丁目7-15(GoogleMapで開く)
アクセス:
電車)
・京浜急行「新馬場駅」北口から徒歩1分
・JR「品川駅」から徒歩15分(800m)
・JR・東急「大井町駅」から東急バス(品94・渋41)で、「新馬場駅」下車徒歩3分
車)
・駐車場あり(国道15号側から入場)
品川ランチは事前予約やクーポン利用で、並ばずお得に!!
東海道の歴史が息づく品川神社で、時空を超える散策へ出かけよう
高層ビルが立ち並ぶ現在の品川において、品川神社の境内に足を踏み入れると、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような静けさと歴史の重みが感じられます。
源頼朝や徳川家康といった歴史上の偉人たちが歩んだ参道をたどり、双龍鳥居や珍しい備前焼の狛犬を愛で、品川富士の頂から街を眺める――。そんな贅沢な歴史散策が楽しめるのは、品川神社ならではの魅力です。
週末はぜひ、江戸の玄関口として栄えた品川のディープな歴史ロマンを探訪してみませんか?

記事の訪問日:2022/7/10



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