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「比企城館跡群」山城歩き!菅谷館・杉山城・小倉城・松山城の見どころ紹介【埼玉】

「比企城館跡群」山城歩き!菅谷館・杉山城・小倉城・松山城の見どころ紹介【埼玉】

埼玉県比企地域にある戦国時代の城館跡、菅谷館跡・杉山城跡・小倉城跡・松山城跡。その4つの城館跡の見どころやオススメポイントを紹介しています。

4城館跡は城郭の遺構も良く残っており、ハイキングがてらの山城歩きを楽しめる国指定の史跡です。

周辺の立ち寄りスポット情報も交え、訪問に役立つ情報を紹介します!

比企城館跡群と中世の城について

比企地域を中心とした主な中世城郭の分布

最初に、埼玉県中央部に位置して城郭跡が非常に多い、比企地域の時代背景を少々。

15世紀末から16世紀末にかけては戦国時代と呼ばれます。北武蔵と呼ばれたこの地域では、戦国時代前期は公方足利(くぼうあしかが)氏・山内上杉(やまのうちうえすぎ)氏・扇谷上杉(おうぎがやつうえすぎ)氏らの争乱が激化・長期化していました。

そして、後期は戦国大名である小田原北条氏(別称、後北条氏)・甲斐武田氏・越後上杉氏らの抗争の時代へと移ってゆきました。

比企地域はこれらの勢力がぶつかりあう場となり、戦国時代に多くの城が築かれました。

松山城跡付近を流れる市野川

次にそれらの城郭の特徴についても少々。

戦国時代の中世の城郭は、平地に石垣を高々と積みその上に天守閣がどーんとある様な近世の城とはイメージが異なります。

山や川など自然の地形を生かして立地し、土塁や堀(水を張らない空堀)などで防御を固めた”土の城”でした。

それらの特徴を持つ比企地域の城館跡群のうち、代表的な菅谷館跡・杉山城跡・小倉城跡・松山城跡の4城館は「比企城館跡群」と呼ばれ国指定の史跡になっています。

4城館跡についてそれぞれ紹介してゆきます。

『菅谷館跡』 最初の訪問にオススメ

菅谷館跡の概要とオススメポイント

埼玉県嵐山町「菅谷城跡」
本郭

(菅谷館跡の概要紹介)
最初の紹介は嵐山町(らんざんまち)にある「菅谷館(すがややかた)跡」です。平地の台地の上に造られており、平城(ひらじろ)に分類されています。

元々は平安~鎌倉時代に活躍した坂東武士・畠山重忠が居住した屋敷があった場所といわれます。畠山重忠の最期もここ菅谷館から鎌倉に向かう途中で謀略で殺された、という記録が残っているんですよ!

しかし、現存の菅谷館跡は住居跡では無く、15世紀後半に山内上杉氏が戦いに対応すべく改修した城郭跡の姿といわれます。

16世紀後半には、小田原北条氏の軍事上重要な場所として使用されました。

埼玉県嵐山町「菅谷城跡」
本郭と二ノ郭の間の空堀

(菅谷館跡の縄張りについて)
深い谷や都幾川(ときがわ)に面した断崖などを堀と見立てた、自然の立地を利した縄張りです。

城郭の中心となる本郭(ほんくるわ)の北側を二ノ郭・三ノ郭・西の郭が取り囲んでおり、それぞれの郭を攻め落とさないと本郭に攻め込めない”輪郭式”という郭の造りになっています。

埼玉県嵐山町「菅谷城跡」

(菅谷館跡のオススメポイント)
敷地内に「埼玉県立嵐山史跡の博物館」が併設されていることが、この史跡の大きな特徴。

博物館では菅谷館跡に関する情報をはじめ、比企城館跡全体の概要を知ることができてありがたい!そんなことで、4城郭跡の中では最初に立ち寄る城館跡としてオススメしたいですね。

それと畠山重忠公の銅像があるのもオススメポイントで、記念写真ポイントがあるのは得点高いですよ!(笑)

菅谷館跡(埼玉県立嵐山史跡の博物館)
住所:埼玉県比企郡嵐山町菅谷757(GoogleMapで開く

菅谷館跡の詳細レポート

 詳細なレポートはこちらへ!(菅谷館跡の更なる写真や御城印情報など)

『杉山城跡』 築城の教科書

杉山城跡の概要とオススメポイント

埼玉県嵐山町「杉山城跡」
南二の郭の虎口から見下ろす

(杉山城跡の概要紹介)
杉山城跡は埼玉県嵐山町にある山城跡で、城ファンには良く知られる城郭跡です。

山の高低差を巧みに利用し、縄張跡では戦国時代の様々な築城の技巧が披露されています。「築城の教科書」「戦国期城郭の最高傑作のひとつ」などと呼ばれているんですよ!

一方、この杉山城に関連する文字情報は少なく、少々ミステリアスな城郭跡でもあります。

発掘調査によって、15世紀後半に築城され16世紀前半に廃城になった、と分析結果があります。案外短命ですねー。

しか~し、「16世紀後半の築城技術的が見られるので、それ、違うんじゃないの?」という意見があるんです。これ、「杉山城問題」と仰々しい名が付いて、現在でも見解が割れているんですわ。

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「杉山城問題」とも言われる杉山城の謎について迫る、興味深い1冊。

埼玉県嵐山町「杉山城跡」
大手口

(杉山城の縄張りについて)
本郭を中心にして、北・東・南の三方向をそれぞれ二の郭・三の郭の区画が取り囲む「梯郭式(ていかくしき)」と呼ばれる配置。

本郭に向かって郭が梯段状に登って行く造りです。

埼玉県嵐山町「杉山城跡」
本郭

(杉山城跡のオススメポイント)
比較的狭い範囲に集中して技巧的な見どころが現れるので、敵になったつもりで侵入して行くとなかなかのヒヤヒヤ感が味わえますよ!

そして、主要箇所の高木が伐採されており、縄張りの造りが非常に見やすくなっています。歩道も歩き易く、管理状態の素晴らしさも特筆すべき特徴です!

そんな見学者にやさしい城郭跡は、山城歩きの初心者が教科書を広げるには良い城郭跡としてオススメしたいですね。

杉山城跡
住所:埼玉県比企郡嵐山町杉山513ほか(GoogleMapで開く

杉山城跡の詳細レポート

 詳細なレポートはこちらへ!(杉山城跡の更なる写真や御城印情報など)

『小倉城跡』 石垣が特徴の山城

小倉城跡の概要とオススメポイント

埼玉県ときがわ町「小倉城跡」
登り口

(小倉城跡の概要紹介)
小倉城(おぐらじょう)跡は、嵐山町のお隣となるときがわ町にある山城跡です。

周囲を囲む槻川(つきかわ)を堀に見立てており、やはり自然の立地を利用した造りになっています。

幹線道路の中間点にもあたり、河川・陸路の交通を監視する為にこの場所が選ばれたようです。

16世紀半ばから最盛期を迎え、16世紀後半まで使われた模様。小田原北条氏の重臣・遠山氏、あるいは上田氏が城主だったといわます。

埼玉県ときがわ町「小倉城跡」
郭1(本郭)への虎口

(小倉城跡の縄張りについて)
縄張は標高140m程の山尾根から中腹までに見られます。

北東から南西に走る尾根に沿って郭1(本郭)と郭2が並列に配置(連郭式)されています。山裾からは、それぞれ控える郭を登る様に進まなければ郭1に入れない構造になります。

この城郭の最大の特徴は、片岩を積み上げた石垣があること。補強や敵への威圧の為に積まれた、石垣の遺構を今でも見ることができます!

埼玉県ときがわ町「小倉城跡」
郭1(本郭)の石碑

(小倉城跡のオススメポイント)
小倉城跡のオススメポイントは山城らしい雰囲気が十分楽しめて、郭や土塁なども良く残っているところです。

山は約140mの高さの低い山です。散策路も良く整備されていて、様々な年代の方々がハイキングを楽しまれていました!

槻川が近く、近隣に「嵐山岩畳」と呼ばれる水の綺麗なスポットもあります。そこから景勝地・嵐山渓谷までの散策もできますよ。

山城を攻めて&自然を楽しんで、という一日を過ごすのには良いスポットだと思います!

小倉城跡
住所:埼玉県ときがわ町大字黒田字城山1184(GoogleMapで開く

小倉城跡の詳細レポート

 詳細なレポートはこちらへ!(小倉城跡の更なる写真や御城印情報など )

菅谷館跡・杉山城跡・小倉城跡周辺スポット紹介

「嵐山渓谷」

埼玉県嵐山町「嵐山渓谷」

「嵐山渓谷」は槻川の渓流が独特の景観を作っている、埼玉を代表する景勝地のひとつ。

秋の紅葉の名所として知られ、河原でのバーベキューが楽しめる人気の行楽スポットです。場所的には菅谷館跡と小倉城跡が比較的近いです。

嵐山渓谷
埼玉県比企郡嵐山町鎌形2857(GoogleMapで開く)  *住所はバーベキュー場の住所です。

「鬼鎮神社」

「鬼鎮(きぢん)神社」は鬼を大事にする珍しい神社。

畠山重忠公が居住していた菅谷館の、鬼門の方角の守り神として建立されたと言われています。

城跡訪問の帰りに立ち寄ってみてはいかが?方向的に近いのは杉山城跡になります。

鬼鎮神社
住所:埼玉県比企郡嵐山町大字川島1898(GoogleMapで開く

『松山城跡』 合戦多発の要所

松山城跡の概要とオススメポイント

埼玉県吉見町「松山城跡」
松山城跡がある山の遠景

(松山城跡の概要紹介)
松山城跡は吉見町にあり、平地の山の上に造られた”平山城(ひらやまじろ)”と呼ばれる城郭跡です。

前述3城館は同じ地域にありましたが、こちらはやや離れた10km程東のエリアにあります。

松山城跡は比企丘陵地帯のヘリに位置しており、荒川の支流・市野川(いちのかわ)を天然の堀として利用しています。

築城に関しては、15世紀後半に扇谷上杉氏側の拠点の城として築城されたと言われます。

16世紀後半になると、城を巡り小田原北条氏と越後上杉氏・甲斐武田氏による合戦が繰り広げられました。地域の要所であったことが伺えますね!

城は主に北条氏勢力下の上田氏による支配が長く続きました。

埼玉県吉見町「松山城跡」
本曲輪

(松山城跡の縄張りについて)
松山城の曲輪構成は、南西から北東に向かって、本曲輪・二ノ曲輪・三ノ曲輪・曲輪四が一直線に並ぶ”連郭式”になっています。

本曲輪と二ノ曲輪の間に、谷の様な巨大な空堀があるのも特徴ですね。

埼玉県吉見町「松山城跡」
本曲輪とニノ曲輪の間の深い空堀をのぞく

(松山城跡のオススメポイント)
松山城跡は曲輪や土塁が比較的綺麗に残っていて、平山城歩きを体感できるスポットです。空堀の中を歩ける箇所もありますよ!

ただし。。。、登り口では足元に注意を要する点や、高木や茂みで見通し辛い箇所がある点なども気になりました。他3城館跡と比較すると、整備状況では正直もう一息かなあ。その点で若干上級者コースとしておきたい。

近隣には史跡「吉見百穴」などもあるので、周辺含めて一日中歴史トリップができるのはオススメポイント!

松山城跡
住所:埼玉県比企郡吉見町北吉見298(GoogleMapで開く

松山城跡の詳細レポート

 詳細なレポートはこちらへ!( 松山城跡の更なる写真や城カード情報など )

松山城跡の周辺スポット紹介

「岩室観音堂」

松山城跡に隣接するエリアにあり、戦国時代には松山城城主の信仰を代々受けた観音堂。山の岩の間に建ち、独特の風貌を持ちます。

神秘的な雰囲気のスポットなので、是非立ち寄ってみて下さい!

岩室観音堂
住所:埼玉県比企郡吉見町北吉見309(GoogleMapで開く

「吉見百穴」

松山城跡の近隣にある遺跡「吉見百穴(よしみひゃくあな)」は、吉見町を代表するスポット。

施設内の「吉見町埋蔵文化財センター」には、松山城跡からの出土品が展示されています。百穴観覧とともに立ち寄ってみてはいかが?

吉見百穴
住所:埼玉県比企郡吉見町大字北吉見324(GoogleMapで開く

比企城館跡群 4城マップ

ご紹介したスポットのマップです。

比企城館跡群で山城歩きを楽しもう!

比企城館跡群の4城の概要と見どころをご紹介しましたが、いかがでしたか?

山城に出かける時には、少し季節にも注意すると良いと思います。

真夏に行くと。。。木や草が多いので蚊に喰われます!行く場合は、虫よけ持参を。それと、新緑で草ボーボーの季節になってくると、遺構がちょっと見え辛くなりますねえ。

そんな感じで、季節を感じながらの城郭歩きを楽しんでみて下さい!


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