埼玉県日高市に鎮座する高麗神社は、「出世明神」として知られる一方、高句麗から渡来した人々と、この地に置かれた高麗郡の歴史を今に伝える神社です。
主祭神は高麗王若光。境内には将軍標や社殿、国指定重要文化財の高麗家住宅など、1300年にわたる高麗郷の歴史を感じられる見どころが点在します。
さらに小高い山にある水天宮への散策や、若光ゆかりの聖天院など周辺の歴史スポットも合わせてめぐれば、神社参拝だけでは終わらない歴史散策が楽しめる。
今回は高麗神社の由緒から境内の見どころを、実際に歩く目線でご紹介!
目次
『高麗神社』高句麗から続く1300年の歴史を知る
高麗郡とは?奈良時代、高句麗人1,799人によって誕生した郡
高麗神社の奥深い魅力は、一般的な神社とは少し異なるその歴史的背景にあります。

境内入口にある「高麗郡建郡1300年高麗王若光記念」の碑は、その成立ちに関係するもの。
碑には以下のようなことが書かれています。
■「従五位下の高麗若光に「王」の姓を賜う・・・高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)の誕生
■駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、下野の七国から高麗人1799人を武蔵野国へ遷し高麗郡を置いた・・・高麗郡の誕生
ここにあるように、かつてこの地には「高麗の郷」とも呼ばれた、高麗郡が存在したんですね。
高句麗からの渡来人と高麗郡について
■紀元前37年頃から668年頃にかけて、中国東北部から朝鮮半島にかけて高句麗(こうくり)という大国がありました。高句麗は約700年間栄えましたが、唐・新羅との戦いに敗れて国は滅びます。
その際、難を避けて多くの王族や家臣が海を渡って日本に渡来し、各地に散在して高麗人と呼ばれていました。
■大和朝廷は霊亀2年(716年)に、駿河(現、静岡県)、甲斐(現、山梨県)、相模(現、神奈川)、上総・下総(現、千葉県)、常陸(現、茨城県)、下野(現、栃木県)の7国にいた高句麗人1,799人を、武蔵国に移して創設したのが「高麗郡」です。
現在の日高市のルーツはこの高麗郡だった、ということになります。
高麗郡の開拓者を指揮した「高麗若光王」を祀ったのが高麗神社

境内に展示されている民族衣装
高麗郡が設置されると1,799人の高句麗人が移住して来たわけですが、そこは荒野の地。人々はその地を開き農地をつくるなど、地域の開拓から始まりました。
それを指揮したのが高麗郡初代郡司となった高麗王若光です。
高麗王若光は7世紀後半に高句麗から朝廷の外交使節の一員として来日し、高句麗滅亡後も日本に留まった人物だとされます。
高麗神社はその高麗王若光の功績を称え、郡の守護神として祀った神社です。
ちなみに、高麗郡の呼び名は約1200年間残りましたが、明治29年(1896年)の郡の改変により廃止されました。
高麗神社の見どころを歩く。境内で出会う歴史スポット
将軍標がお出迎え!異国情緒を感じる境内入口
渡来人にゆかりの神社だけあって、駐車場で車を降りると、おっと!奇妙な顔が掘られたトーテムポールのようなものに驚かされましたよ。

「天下大将軍」「地下女将軍」と彫られたオブジェには一見ギョっとしましたが、でも良く見るとなんだかユーモラスな表情だ。
これは朝鮮半島の農村に見られる、将軍標(しょうぐんひょう)と呼ばれる魔除けの風習なんですって。
対で立てられた石柱は、邪気侵入を防ぐ境界線とのこと。日本でいうところの、神社の鳥居みたいな役割ですかね。
ちなみに将軍標はJR高麗川駅前にもあり、日高市においては朝鮮半島との関わりのシンボル的な存在だ。
大宮大明神|神仏習合時代の名残を残す鳥居

駐車場の西側には一般的な神社形式の「一の鳥居」もあり、その先に参道が続きます。

「大宮大明神」と鳥居の扁額にありますが、”明神”の呼び名にかつての神仏習合の名残りが見られます。
神仏習合は、神道の神と仏教の仏・菩薩を同じ信仰体系の中で捉える考え方。
江戸時代には広く定着していた信仰の形で、神社に寺院や仏堂が併設されたり、僧侶が神社の祭祀に関わることも珍しくありませんでした。
明治時代の神仏分離令により、その後は大きく変化しました。
大宮は高麗地域の大きな宮という意味合いです。

参道を進んだ先にある二の鳥居に架かる扁額は、高麗神社の社名のものだった。
こちらの方が新しい時代の鳥居なのかもしれませんね。
御神門|社名の扁額は朝鮮王朝の貴族・趙重応によるもの

御神門
民族衣装などの展示を見つつ境内を進むと、社殿エリアの入口に建つ「御神門」が現れます。

門に架かっている扁額は、明治33年(1900年)に当社を参拝した朝鮮王朝の貴族、趙重応(ちょうじゅうおう)の筆によるもの。
そして、その社名は良く見ると高麗神社ではなく、高句麗神社と書かれています。
趙重応は始めに高麗神社と墨書したのち、「これが本当だ」とつぶやきつつ、高と麗の間に小さく句の字を入れた、という逸話が残っています。
社殿|本殿は安土桃山時代の一間社流れ造り、内拝殿は伊東忠太氏の設計
御神門の抜けると、高麗神社の中心的な建物である社殿が現れます。

御社殿
正面手前の外拝殿は、平成27年(2015年)に増築されたもの。
手前側に庇が突き出ているので、悪天候の日も雨を避けつつ参拝ができそうですね。
殿内にはさらに、バリアフリー構造となっている内拝殿・幣殿・御本殿覆屋があります。
こちらは昭和9年(1934年)からおこなわれた境内整備の一環として造営されたもので、設計は東京帝国大学教授だった伊藤忠太氏。
そしてその奥にある御本殿は安土・桃山時代の建立と云わり、一間社流れ造りの様式。こちらは埼玉県指定文化財となっています。
伊東忠太(1867-1954年)
明治から昭和にかけて活躍した建築家・建築史家。
東京帝国大学で学び日本建築史学を創始。また、中国やインドやトルコなどへの長期にわたる調査旅行を通じて、東洋建築史の体系を確立します。
設計者としても知られ、平安神宮・築地本願寺・明治神宮などの独特な様式の建築を手がけて、建築界で初の文化勲章を受章しています。
\ 伊東忠太氏が設計した築地本願寺についてはこちら!/
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高麗神社はなぜ「出世明神」?歴代政治家が頂いたその御利益とは?
高麗神社には実は別名「出世明神」の呼び名もあり、歴代の政治家や文化人など、多くの各界の著名人が参拝してます。

内閣総理大臣になった参拝者が多数!?
なかでもその御利益に驚くのが政治家に関してで、参拝後に内閣総理大臣に就任された方が多数輩出されています。
最初はホント?って思っちゃいましたが、これが実名も公表されているんですね。
鳩山一郎(第52・53・54代)、小磯国昭(第41代)、平沼騏一郎(第35代)、斎藤實(第30代)、浜口雄幸(第27代)、若槻禮次郎(第25・28代)など。
6名の輩出って凄くないですか?これは出世明神と呼ばれるのも頷けますよね。
文化人では坂口安吾・太宰治・壺井栄などの参拝記録が残ります。また、平成になって天皇・皇后両陛下も参拝されています。
と、パワースポットとして注目されている一面がありますが、その背景には異国の地で新しい土地を切り開いた、高麗王若光の開拓パワーがあったことを知っておきたいところです。
高麗神社で必見!国指定重要文化財「高麗家住宅」
高麗家住宅|高麗氏が暮らした東日本有数の古い民家

高麗神社では高麗王若光の末裔が代々神職を務めてきましたが、社殿の裏手にはその高麗氏の旧住居が保存・公開されています。
慶長年間(1596~1614年)の建築と伝わるもので、東日本に残る民家の中でも有数の古い形を遺すものとして貴重。国指定重要文化財に指定されています。
17世紀の茅葺き民家がじっくり見れる

建物は茅葺きの入母屋造りで、間取りは5部屋と土間で構成されています。
大黒柱と呼ばれる太い柱がなく、細い柱で梁を支えているのが構造的な特徴。桁や柱には杉、梁ににはケヤキや松が用いられています。
社殿の裏手にありますが、忘れにずに立寄りたいスポットです。
高麗神社でプチ登山!? 水天宮まで登ってみよう

境内の西側に小高い山が見えますが、この頂上には江戸時代に分霊を勧請した「水天宮」が、末社としてお祀りされています。
結構高い所にありそうですが、折角なので登ってみましょう。

水天宮の参道入口に、上まで登れない方向けの遥拝所が設けられているのは親切ですね。

歩きはじめると、思ったより結構急な坂が現れました。
階段は設けられていますが、少し滑りそうな箇所や木の根が出ている場所もあったので、歩きやすい靴での登頂がおすすめ。

10分程度掛けて頂上へ到着。

祭神として祀られているのは安徳天皇で、安産・子育て・無病息災・水難除けなどの御神徳をお持ちです。
緑豊かな森林に囲まれた頂上では、霊験新たかな雰囲気とマイナスイオンを感じた。
そして、思いがけなく少し良い汗がかけましたわ(笑)。
「巫女舞と奉納の儀式」秋分の日の優雅な催し

たまたまの偶然だったのですが、訪問日は秋分の日の催しのある日でした。
「神楽殿」で披露された巫女舞(みこまい)と奉納の儀を見ることができ、これはラッキー!

一糸乱れぬ美しい舞にうっとり。

祭事予定を見ると、通年、四季折々のさまざまな行事がおこなわれており、地元密着型を大事にしている神社であることが伝わってきました。
高麗神社の御朱印|季節の花のスタンプが楽しい

日を改めて頂いた御朱印。季節の花のスタンプが押されているのが素敵でした。
「高麗山聖天院勝楽寺」高麗神社と一緒に巡りたい、高麗王若光の墓所

高麗神社の参拝は以上ですが、高麗神社から1kmほど離れた場所にある「高麗山聖天院 勝楽寺」に立寄りました。山門はなかなかの迫力ですね。
こちらは751年に建造された寺院で、高麗王若光の墓所があります。
高麗の歴史に触れられるスポットであると共に、高台にある境内は周囲が一望できる眺めの良い場所ですよ。

勝楽寺の前にも、穏やかな表情でたたずむ女将軍の将軍標がありました。
聖天院
公式サイト
住所:埼玉県日高市新堀990-1(GoogleMapで開く)
拝観時間: 8~17時(最終受付16時30分)
拝観料:大人300円、小人(小学生)150円、未就学児 無料
アクセス:
電車)JR「高麗川駅」より徒歩30分、又は西武線「高麗駅」より徒歩40分
車)圏央道「狭山日高IC」より約15分、又は「関越道鶴ヶ島IC」より20分
【記事の参考にした情報】
・高麗神社
・文化遺産オンライン「高麗家住宅」 文化庁
神社に参拝に行くと、神々についてや神社施設の呼び名・役割について知りたいけど、聞ける相手もいない!
ってことありません?そんな時、網羅範囲が広い本書は結構頼もしいですよ!
関東の強力なパワーを持った神社を、その位置関係から紐解くなど読み応えのある本。
関東周辺に沢山の素晴らしい神社があることに改めて驚きますね。写真も綺麗!
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高麗神社アクセスとおすすめの立寄りスポット
高麗神社へのアクセス
高麗神社
公式ページ
住所:埼玉県日高市新堀833(GoogleMapで開く)
アクセス:
電車)
・JR「高麗川駅」から徒歩で約20分(タクシーだと5分) ※西武線「高麗駅」からだと徒歩で約45分かかるので注意
車)
圏央道「狭山日高IC」より約20分、又は「関越道鶴ヶ島IC」より25分
日高市へのアクセス
・JR「八王子駅」から「高麗川駅」までのアクセスは、JR八高線乗車で約40分
・JR「新宿駅」から「高麗川駅」までのアクセスは、埼京線で「川越駅」へ、川越線に乗換て「高麗川駅」下車、乗車時間約1時間15分。
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※高麗神社より車で約5分、徒歩で登山口まで約30分(約2km)。
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住所:埼玉県日高市高麗本郷125-2(GoogleMapで開く)
※高麗神社より車で約5分、徒歩で約40分(約3km)。
高句麗から高麗郡へ――高麗神社で1300年の歴史を歩こう
「出世明神」として知られる高麗神社ですが、境内を歩いてみると、そこには高句麗から渡来した人々や高麗王若光、高麗郡の誕生へとつながる長い歴史が息づいている地。
将軍標を眺め、社殿を参拝し、高麗家住宅や水天宮まで足を延ばせば、神社そのものだけでなく、この地が歩んできた歴史を感じることができます。
さらに聖天院や巾着田、日和田山などを組み合わせれば、神社仏閣と自然を楽しむ一日散策にも。
次の週末は、高麗郷に残る1300年の物語に出会いに、高麗神社に出かけてみませんか。
記事の訪問日:2020/9/22




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