秩父神社は、秩父三社の一つとして知られているとともに、創建2100年以上の歴史を誇る関東屈指の古社でもあります。
武蔵国成立以前から地域の信仰を集め、現在の社殿は徳川家康によって再建されたものとして知られているもの。
境内には左甚五郎作と伝わる「子育ての虎」「つなぎの龍」をはじめ、「お元気三猿」や「北辰の梟」などの名彫刻が並び、それぞれに深い歴史や信仰の物語が秘められています。
この記事では、建物などの見どころだけでなく、妙見信仰や徳川家との関わり、秩父夜祭までを交えながら、歴史好きの視点で秩父神社の魅力を詳しくご紹介します。
目次
秩父神社とは?創建2100年以上を誇る秩父の総鎮守
秩父地方は山岳信仰が根づいた信仰の地

武甲山
秩父は、古くから山そのものを神仏の宿る聖地とする山岳信仰のあった地域で、神道と仏教が融合した”神仏習合文化”が根づいた信仰の地でした。
その象徴が「秩父三社」と呼ばれる秩父神社・三峯神社・宝登山神社の三社で、それぞれ武甲山、三峯山、宝登山といった霊峰との結び付きの中で発展してきたのが特徴です。
江戸時代になると「秩父三十四観音霊場巡礼」も整備され、西国・坂東と並ぶ日本三大観音霊場の一つとして、庶民の信仰と観光を結びつけて大規模な巡礼路として発展してゆきます。
これらが重なり合って独自の宗教文化が形成された秩父は、”信仰の里”として現在に至っています。
秩父三社の一社「秩父神社」は、武蔵国成立以前から続く古社

秩父三社の一社である「秩父神社」は、秩父地方の総鎮守として長く崇敬を受けてきた神社です。
三社の中では街中にあるロケーションが特徴的で、秩父鉄道・秩父駅からはわずか5分足らずという好立地にあり、アクセスしやすいです。
そんな街の中心部にありながら、”柞乃杜(ははそのもり)”と呼ばれる、緑豊かな鎮守の森に囲まれており、静かに参拝できる境内となっています。
”ははそのもり”とは、クヌギやコナラなどの樹々による森のこと。

昭和初期奉納の狛犬
秩父神社の創建は崇神(すじん)天皇の時代と伝わる、およそ2100年の歴史を誇る関東屈指の古社です。
崇神天皇は実在が確認できる最初の天皇とされ、時代的には大和王権の基礎が築かれた頃ですね。
現埼玉県は7世紀半ばから「武蔵国」として成立してゆきますが、それ以前のこの地域は「知知夫国(ちちぶのくに)」と呼ばれていました。
秩父神社においても、その国造であった知知夫彦命を祖神として、祭神の一人に祀られています。
平安時代になると国家公認の神社の一覧・延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)にも記載され、格式を持つ神社として発展しました。

神門
鳥居を抜けて参道を進むと、社殿エリアの入口に立つ「神門」が現れます。
秩父神社の例大祭である、ユネスコ無形文化遺産「秩父夜祭」

ところで、秩父地方で開催されている行事といえば「秩父夜祭」が有名。この秩父夜祭は、秩父神社の例大祭として開催されているものなんですね。
毎年12月に開催される秩父夜祭は、秩父神社で約300年以上受け継がれてきた伝統行事です。
豪華絢爛な笠鉾や屋台が町を巡行し、冬の夜空を彩る花火とともに、秩父の町に大きな賑わいを見せます。
京都祇園祭・飛騨高山祭とともに日本三大曳山(ひきやま)祭の一つに数えられている秩父夜祭は、国重要無形民俗文化財に指定されているのに加え、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
例年12月2日が宵宮、12月3日が大祭として開催されますので、地域の信仰と文化を支えてきた歴史に触れに、一度は秩父夜祭に出かけてみたいものです。
徳川家康が秩父神社の再建に尽力した理由とは?
権現造の社殿|徳川家康が再建した江戸初期の名建築
神門を抜けて境内に進んだ先に、落ち着いた雰囲気の社殿が現れます。

現在の社殿は、天正20年(1592年)に徳川家康が社領57石を秩父神社に寄進し、代官であった成瀬吉右衛門に建造させたと伝わるもの。
拝殿と本殿が一体化した権現造風の社殿で、極彩色の装飾や精巧な彫刻が施された江戸初期の建築技術を今に伝える貴重な建築物として、県有形文化財に指定されています。
社殿と共に棟札が残っており、そこには、永禄12年(1569年)に武田信玄の侵攻の際に旧社殿が焼失し、徳川家康の関東入国をもって再建さた経緯が記されているとのこと。
こちらも社殿と共に県有形文化財となっています。
妙見信仰と習合、秩父妙見宮として隆盛した

正面の屋根下には色とりどりの彫刻が所狭しと並んでおり、華やかな雰囲気です。
その中央部には勇ましい龍の彫刻(ちょっとオドロしい感じ。。。)で縁取りされた、社名が記された扁額があります。御祭神の知知夫彦命の表記と同様、昔の”ちちぶ”表記なのが印象的。
秩父神社には以下の四柱の御祭神が祀られています。
■ 八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)・・・政治・学問・工業・開運の御利益がある祖神
■ 知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)・・・郷土開拓の神
■ 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・・・宇宙創造神で北斗七星の神、妙見(みょうけん)様といわれる
■ 秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)・・・宮家・秩父宮の家祖
中世以降は天之御中主神を祀る妙見信仰と習合し、長く秩父妙見宮として隆盛を極めたとのこと。
明治時代になると神仏分離により、秩父神社の社名に戻されています。
妙見信仰とは?
北極星や北斗七星を神格化して祀る日本独自の信仰で、起源は古代中国の天帝信仰にさかのぼる。
日本では仏教の天部(天界の住民)である「妙見菩薩」と習合し、中世以降、武士や庶民の間で広まった。妙見は方角や航海を守る神であると同時に、軍神・福徳神としても崇敬された。
特に千葉氏や秩父氏などの武士団は氏神として妙見を祀り、関東各地に妙見社が分布する。秩父神社の妙見信仰はその代表例。江戸時代には養蚕や農業の守護神ともされ、広範な信仰を集めました。
なぜ徳川家康は秩父神社の再建に尽力したのか?

関東入封後の徳川家康はすぐさま秩父神社の再建に尽力したわけですが、それは信仰心からだけではなく、戦略的な理由もあったと考えられます。
秩父は甲斐・信濃へと続く交通の要衝であり、西国から江戸へ通じる重要な地域。
関東支配の安定を目指すうえで、信仰心のあつい地域の総鎮守を保護することは、政治的にも大きな意味を持っていたんでしょう。
社殿の名彫刻から秩父神社の歴史を読み解く
社殿の壁面を飾る数々の彫刻は、秩父神社の大きな見どころの一つなので、ぜひ、ジックリと見たいところ。
それぞれが個性豊かであると共に、秩父神社の歴史を物語っているものでもあります。
子宝 子育ての虎|家康の干支にちなんだ名工・左甚五郎による彫刻

社殿正面には、江戸時代に活躍した名工・左甚五郎(ひだりじんごろう)作と伝わる、虎を描いた彫刻が施されています。
左甚五郎は、日光東照宮の「ねむり猫」などの作者として、良く知られていますよね。
この虎の彫刻は、寅の年・寅の日・寅の刻の生まれである、徳川家康にちなんでの題材だと考えられています。

四面にわたり虎の彫刻が施されていますが、特に印象的なのが「子宝・子育ての虎」と名付けられた1枚。
そこには勇猛な虎ではなく、子を慈しむ母虎の姿が描かれています。
ここでちょっと興味深いのが、親虎がヒョウ柄で描かれていること。
当時、日本には虎が生息しなかったため、その姿は大陸から輸入された毛皮や、伝聞による知識、あるいは絵画を通じてのみ知られる存在でした。
そのため、当時の日本では「虎とヒョウは同じ種類の動物」と真面目に信じられており、縞模様があるのがオス、斑点模様(ヒョウ柄)があるのがメスとして、多々描かれていたようです。
そんな時代背景が伺えるのも、面白いですよね。
つなぎの龍|表鬼門を守る龍が彫刻を抜け出して暴れた!?
社殿の妻側の屋根下に、こちらも左甚五郎作と伝わる「つなぎの龍」の彫刻があります。

青龍の姿をして東北の方向に据えられたこちらは、神社の表鬼門を守る役割だといわれるもの。

実はこの彫刻には不思議な伝承話があります。
その昔、秩父15番札所・少林寺の近くの天ヶ池で、棲みついた龍が暴れるという事件が続きました。
そして、それが起きた後は、必ずこの彫刻の下に水溜りができていたんですって。怖っ!
そこで彫り物の龍を鎖で繋ぎ止めたところ、その後は龍は現れなくなったんだそうだ。

遠目でちょっと分かり辛いですが、彫刻を良く見てみると、実際に黒い鎖で止めてあるんですよ!
随分細い鎖に見えるので、いつか逃げられてしまうのでは?と少し心配になりましたが。。。
左甚五郎が作った彫刻は精巧ゆえ、魂が宿って彫刻から抜け出してしまう、って話は良く聞く逸話だったりします。
北辰の梟|妙見信仰の歴史を今に伝える彫刻

北側の壁面にあるのは、秩父神社を象徴する彫刻の一つである、「北辰の梟(ほくしんのふくろう)」と呼ばれる小さな梟の彫刻。
この梟、体は正面の本殿側を向き、顔は反対の北側を向くという、ちょっと不自然な体勢をとっています。
北辰とは北極星を意味し、古来、人々は動かない北極星を宇宙の中心として崇め、妙見信仰の対象としてきました。梟が北を向いているのは、この北辰信仰を表現しています。
秩父神社はかつて「秩父妙見宮」と呼ばれていましたが、この可愛らしい梟は、その歴史を今に伝える貴重な存在だといえます。
お元気三猿|日光東照宮とは正反対の教え!?

そして最後の西側の壁面には。。。おおっ!「お元気三猿」が修繕中になっている!う~む、これはちょっとショック。

写真があったので、やむなくこちらでご紹介。
神社における三猿というと、やはり日光東照宮の「見ざる・言わざる・聞かざる」有名ですよね。
秩父神社の「お元気三猿」はそれとは対照的で、「よく見て、よく聞いて、よく話そう」という前向きな教えが表現されています。
積極的に人との交流を大切にすることを説くこの三猿には、秩父の商業や人々の暮らしが反映されているのかもしれません。
同じ徳川ゆかりの社寺でも異なる思想が込められている点は、歴史好きならぜひ注目したいポイントですね。生で見たかったな、グスン。
\ 日光東照宮についての記事はこちらへ!/
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「天神地祇社」全国75社におよぶ一ノ宮の御神徳を頂く
本殿の北側にはとても横長の建物がありますが、こちらは「天神地祇社(てんしんちぎしゃ)」と呼ばれる境内社。

こちらには全国75社の一ノ宮がお祀りされています。これほど多くの一ノ宮の神々をお祀りしているのは、全国的にも珍しいんだとか。
秩父神社の御祭神の一人である八意思兼命は、日本神話に登場する知恵と判断力を司る神様です。
広く多くの神々の意見を纏められていたことから、この天神地祇社が造られたのではといわれています。
こちらを参拝することで全国一ノ宮の徳が頂けるとのことなので、ありがたく参拝させて頂きましたよ。
「柞(ははそ)稲荷神社」奉納された可愛い鳥居が並ぶ

「柞(ははそ)稲荷神社」には、商売繁盛の神様・倉稲魂神(うがのみたまのかみ)が祀られています。
可愛らしい、小さなお狐さんが沢山いらっしゃいました。

こちらでは小型鳥居の奉納による願掛けがおこなえるということで、小さな鳥居が沢山掛かっていました。
自然との繋がりが感じられる境内のスポット
大銀杏|樹齢400年といわれる御神木
そして境内には多くの緑があります。

こちらは樹齢約400年といわれる御神木の「大銀杏」。銀杏の葉は、秩父神社の社紋としても使われています。
境内にはこの他にも多くの銀杏が植えられているので、紅葉シーズンには良い感じに色付いた境内の景観が楽しめそうです。
秩父宮両殿下の御手植えによる銀杏
昭和8年(1933年)に秩父宮両殿下が当社をご親拝されており、その際にそれぞれ銀杏の苗木を御手植されています。

乳銀杏
右が秩父宮が御手植された銀杏で、左側が秩父宮妃殿下が御手植された銀杏です。2本寄り添って立っている姿が、なんとも素敵。
特に秩父宮妃殿下御手植えのものは、ふくよかな女性の乳房のような形から「乳銀杏」と呼ばれているとのこと。(ストレートなネーミングだなあ。。。)

秩父宮妃歌碑
秩父宮勢津子妃殿下は、昭和47年(1972年)の秩父神社の復興祝祭にも御参列されています。
「秩父宮妃歌碑」は、その際にたまわった御歌を残しているもの。
「神垣も 新たになりて 御ゆかりの 秩父の里わ いよよ栄えむ」と歌われました。
柞の禊川|秩父に豊かな実りをもたらす武甲山の流水

柞の禊川
境内に流れる「柞の禊川(ならのみそぎがわ)」と呼ばれる小川は、御神山である武甲山の地下水が水源とのこと。
秩父地方を象徴する山である武甲山からの流水は、河川や湧水を潤し、稲作や畑作に不可欠な存在です。
秩父夜祭の成立ちも、春の田植祭で武甲山の神を秩父神社に歓迎し、農事や収穫を終えた晩秋に秩父夜祭で武甲山に鎮送した神事がその起源だといわれています。
秩父神社へのアクセスと周辺立寄り情報
秩父神社の詳細情報・アクセス
秩父神社
公式サイト
住所:埼玉県秩父市番場町1-3(GoogleMapで開く)
アクセス:
電車)
・池袋駅より西武池袋線特急レッドアローを利用の場合、全席指定・乗り換えなし。約80分。西武秩父線「西武秩父駅」より徒歩15分。
・高崎駅より、JR「熊谷駅」から秩父鉄道に乗り換え。 秩父鉄道「秩父駅」より徒歩3分
車)
・関越自動車道「花園IC」より約30km。花園IC.を降り、国道140号線を秩父・三峰方面へ。皆野寄居バイパスを利用の場合約50分。
秩父祭り会館|いつでも秩父祭り体験ができる!

秩父神社のすぐ隣には「秩父まつり会館」がある。
こちらでは秩父夜祭に関する資料の紹介や、最新の技術を駆使した演出による秩父夜祭体験ができます。
立寄って体験してゆききませんか?
公式サイト
住所:埼玉県秩父市番場町2-8(GoogleMapで開く)
開館時間:9時~17時(4月~11月)、10時~17時(12月~3月) ※入館受付は16:30まで
休館日:第4・第5火曜日(3月~11月)、毎週火曜日(12月7日以降~2月) ※祝祭日は開館、12月29日~1月1日
入館料:一般 500円、小中学生 250円
秩父ふるさと館|絹織物で栄えた秩父の歴史にふれる
かつて秩父は養蚕と絹織物の産地として栄えた歴史があり、街中にはその名残りを感じさせる建物が点在しているので、ぜひ歩ていてみたい。

神社の前に通っている道を西に進むと、観光施設「秩父ふるさと館」があります。
風格のある建物は、大正時代に絹織物を扱った問屋の店舗・主屋だったもの。
現在は観光用の休憩所や土産の販売店、飲食店が入る施設として利用されています。

館内では独立したいくつかの店舗が入っています。
写真は土蔵造りの内蔵でお酒が飲めるお店で、その名も「蔵部(クラブ) るみん」。ネーミングがいいですよね(笑)。
秩父の蒸留所発の人気ウイスキー、イチローズモルトが飲めるお店です。
養蚕と絹織物の産地として栄えた秩父
秩父は古くから養蚕と絹織物の産地として知られ、江戸時代には「秩父絹」が大消費地の江戸に運ばれ高い評価を得ました。
特に秩父神社周辺で立った「絹大市」は関東有数の市として繁栄し、秩父夜祭の発展とも結びつきます。
養蚕から製織までを一貫して地域で支えた秩父の絹産業は、近代日本の繊維産業発展に大きな貢献をしました。
住所:埼玉県秩父市本町3-1(GoogleMapで開く)
開館時間:10時~21時 ※営業時間は店舗によって異なる
定休日:水曜日
蕎麦屋 入船|国登録有形文化財で営業されている蕎麦屋

秩父神社に程近いこちらも、昭和初期に繊維の取引出張所として建てられた建物。国登録有形文化財ですが、現在は「入船」という蕎麦屋として利用されています。
秩父名物のくるみ蕎麦が食べられる人気のお店です。
住所:埼玉県秩父市番場町11-8(GoogleMapで開く)
秩父のランチは事前予約やクーポン利用で、並ばずお得に!!
\ 秩父名物の豚肉味噌漬も良いし、地ウイスキー・イチローズモルトにもそそられる!/
史を知れば、秩父神社の参拝はもっと奥深くなる
秩父神社は、美しい社殿や左甚五郎作と伝わる彫刻だけを眺める神社ではありません。
武蔵国成立以前から続く古社としての歴史、北極星を信仰した妙見信仰、徳川家康による社殿再建など、二千年以上にわたる歴史が幾重にも積み重なっています。
由緒を知って境内を歩けば、「北辰の梟」や「お元気三猿」も単なる装飾ではなく、時代ごとの人々の祈りを伝える文化財として見えてくるはず。
秩父を訪れた際は、ぜひ周辺の歴史スポットも巡りながら、この地が育んできた信仰と文化の奥深さを体感してみてください。
記事の訪問日:2021/4/25
関東の強力なパワーを持った神社を、その位置関係から紐解くなど読み応えのある本。
関東周辺に沢山の素晴らしい神社があることに改めて驚きますね。写真も綺麗!
タモリさんならではの視点で、秩父の歴史が解き明かされてゆきます。
読めば出かけてみたくなるはず!
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