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江戸総鎮守「神田明神」の見どころ紹介、時代劇やアニメなど新旧文化も入り混じる!【東京】

江戸総鎮守「神田明神」の見どころ紹介、時代劇やアニメなど新旧文化も入り混じる!【東京】

東京都心の神田・日本橋・秋葉原・大手丸の内などの総鎮守「神田明神」の見どころや歴史を紹介します!

神田明神は江戸の歴史を感じさせる神社であるだけでなく、江戸下町といえば!の時代劇でお馴染みのあのキャラクターの碑があったり、アニメの聖地としても知られるなど、さながら江戸の玉手箱の様な楽しさがあります。

御祭神である平将門に関連するちょっと怖い話も紹介しますよ。

神田明神

都内の神社らしいたたずまい

江戸総鎮守「神田神社」

初詣というには少し遅めの1月上旬に、東京都千代田区にある「神田明神」を参拝してきました。

国道17号に面した正面入口の鳥居は、ビルに囲まれてややせせこましい場所にありますね~。都内の神社らしいたたずまいです。

江戸総鎮守「神田神社」

”明神さま”の名で親しまれますが、正式名称は「神田神社」。

東京都心の神田・日本橋・秋葉原・大手丸の内、旧神田市場・築地魚市場など108町会の総氏神様で、”江戸の総鎮守”と称されています

鳥居の扁額は藍色をバックに金色の文字の社名が輝き、シックでかっこイイです!

鳥居をくぐると、短いながらも雰囲気の良い参道が現れます。屋台が数軒出ていました。帰りに寄ってみよう、っと。

「隨神門」 鮮やかな門が出迎え

江戸総鎮守「神田神社」

参道の先に神田明神のトレードマークでもある「隨神門(づいしんもん)」が見えてきます。立派な門ですね!

江戸総鎮守「神田神社」

隨神門は、昭和50年(1975年)に昭和天皇の御即位50年記念として再建されたものだそうです。

総檜造りの2階建てで、朱塗りの艶やかな印象の門ですね。

1階の正面左右には隨神像が配されています。

こちらは長崎平和祈念像の制作者として知られる北村西望(せいぼう)氏の監修のもので、奉納者はかの松下幸之助氏!

財界人からも広く崇敬されていることがうかがえます!

江戸総鎮守「神田神社」

門の脇にあった花手水。

江戸総鎮守「神田神社」

本日は随神門からは入場できない様ですね。脇の門から境内へ進みます。

「御神殿」 歴史や御祭神について

江戸総鎮守「神田神社」

境内正面に鎮座する「御神殿」。こちらは昭和9年(1934年)に竣功された建造物です。

本日1月9日でこの参拝待ちの様子ですから、三が日での人の列は凄いんでしょうなあ。。。

御神殿は日本初の本格的な鉄骨鉄筋コンクリート・総朱漆(うるし)塗の社殿で、建築当時は画期的だったそうです。(神社建築は木造が望ましい、という伝統に対しても。。。)。

見た目はあまり鉄筋コンクリート感を感じさせませんねえ。御神殿は国登録有形文化財となっています。

元々の江戸時代後期に造られた社殿は、残念ながら大正時代の関東大震災で焼失。それに代わる現在の御神殿になります。

江戸総鎮守「神田神社」

建物は拝殿・幣殿・本殿が一体化した権現造(ごんげんづくり)。神饌(しんせん)所・宝庫なども重なり合うように造られています。

御神殿の屋根を横から見上げてみると。。。、複雑に入り組んだ建築構成に見えますね~。

神田明神の御祭神は三神で、一之宮の大己貴命(おおなむちのみこと)(だいこく様)、ニ之宮の少彦名命(すくなひこなのみこと)(えびす様)、三之宮の平将門命(たいらのまさかどのみこと)(まさかど様)が祀られています。

縁結び・商売繁昌・社運降昌・除災厄除・病気平癒など、数多くの御利益を頂けるそうですよ!

江戸総鎮守「神田神社」

神田明神の起源は、天平2年(730年)に出雲氏族による創建と伝わります。江戸東京の中でも最も歴史のある神社のひとつです。

その後の江戸総鎮守への歩みですが。。。慶長5年(1600年)、徳川家康公が天下分け目の関ヶ原の戦いに臨む際、神田明神で戦勝祈願をしました。すると、9月15日の神田祭の日に見事に勝利し、天下統一を果たしたという事です。

これにより、御利益は江戸幕府のお墨付き、幕府御用達神社への歩み決定ということですな。

以降、神田祭りは縁起の良い祭りとして絶やさない様徳川将軍家より命ぜられ、神社は「江戸総鎮守」として幕府・庶民の多くから崇敬を受けるようになりました。

元々の鎮座地は、現在の千代田区大手町・将門塚周辺でした。江戸幕府が開かれた際、江戸城の表鬼門にあたる現在の地へ移ったという事です。

「平将門と首塚について」

江戸総鎮守「神田神社」
御神殿の屋根瓦にいる”火消しの水鳥”、かわいい。。。

祭神としてお祀りされている平将門と、神田明神も深く関わる将門公の首塚について少しご紹介。

平将門は、平安時代中期の関東の豪族でした。

朝廷が京の都で統治していた当時、関東の国々は国司の圧政に苦しんでいました。将門は国府と戦い国司を追放して市民を開放、新国家の樹立を宣言しました。これは平将門の乱と呼ばれます。

これにより京からは朝敵とみなされ、派遣された兵により将門は討伐されます。討ち取られた将門の首は、京の都へ送られ河原でさらされました。その際、無念の死を遂げた平将門の首には、不可解な出来事が立て続けに発生したと言われます。

その後、首は江戸の地に運ばれ、首塚に納められ供養されました。これが事実であれば将門の族党が首を持ち帰ったという説が有力だと思われますが、都から体を求めて飛び返ってきたという伝承が非常に有名です(怖っ~)。

江戸に首塚が出来た後も将門の怨念パワーは強く、首塚を移動しようとすると。。。色々事件が発生したそうです!(たまたまかもしれませんが!)。以降、大手町のビル街の一角にある首塚は、移動されることは無くなりました。

現在、その将門の怨念を鎮め除災厄除の御神徳を頂けているのも、神田明神が将門塚例祭などを通して手厚く供養頂いているおかげ、という事になります。

「狛犬と獅子山」 御神殿傍の見どころ

江戸総鎮守「神田神社」
江戸総鎮守「神田神社」

御神殿の正面脇を固める狛犬は、御神殿が竣工された時に造られた昭和の狛犬。

この様に真正面を向いている狛犬は珍しいんだとか。そういわれてみると。。。、拝殿に向かう時に横から狛犬の視線を感じるパターンが多い気はしますね。

江戸総鎮守「神田神社」

こちらは御神殿の正面右手脇にある「獅子山」。親獅子が崖から子の獅子を落とし試練を与える”子落としの石像”です。

江戸時代末期に名工によって造られましたが、関東大震災により子獅子は崩壊したそうです。(写真下中央の白っぽい像が震災後に造られた子獅子と思われる。)

説明を読まずに岩山頂上の親獅子を見上げて見ていると、私の様に下の方で岩と同化している子獅子を見落としそうになるので注意です(苦笑)。

「祭祀殿・資料館」 神田祭の資料館

江戸総鎮守「神田神社」

御神殿の左手には「祭祀殿・資料館」があります。建物は3階建て。

2階には神田祭に関する資料などを展示。3階には神宝が展示されています。訪問時は閉館しており見学できなくて残念!

*拝観は有料です。(大人300円・学生200円・中学生以下無料)

江戸総鎮守「神田神社」

資料館入口には明暦3年(1657年)の火事で焼失した、徳川三代将軍・家光の時代の江戸城天守閣の模型が展示されてました。

72分の1のスケールの物ですが、なんと段ボールなどで製作されているそうですよ。スゲーなー。

江戸城の天守閣、いつか復元されないかなあ。。。

「だいこく様尊像とえびす様尊像」

江戸総鎮守「神田神社」

境内入ってすぐの所には、御祭神である大黒様の巨大な像があります。

高さは6.6mで、石造りの大黒像としては日本一の大きさだそうです!
小槌も袋もでかいので、福を沢山お持ちとお見受けしました。すかさず並んでお参りしましたよ!

江戸総鎮守「神田神社」

二之宮の御祭神・えびす様のご尊像もあります。

で。。。、こちらのえびす様はサーファーか!?一般的なえびす像のイメージとは一味違う御尊像で少々びっくり!

江戸総鎮守「神田神社」

製作監修は東京藝術大学学長によるもので、アートな感じも納得。

一般的には釣り竿と鯛を抱えたおおらなイメージのえびす様ですが、知的で繊細な一味違う雰囲気のえびす像にお会い出来ました。

「境内社をめぐる」 神馬もいるよ!

江戸総鎮守「神田神社」

御神殿を取り囲む様に境内社や石碑などがあります。見どころを紹介しますので、行かれたら是非巡ってみて下さい。

神田明神や江戸の歴史も見えてきて楽しいですよ!

江戸総鎮守「神田神社」

境内社巡りの入口で出会うのが、こちらの神馬「明(あかり)ちゃん」。名前は明神の”明”から頂いています。

神馬舎ってたまに神社で見かけますが、実際に馬がいるのって珍しい気がします。明ちゃんは信州佐久高原生まれの芦毛の牝馬だそうですよ。

江戸総鎮守「神田神社」
「水神社(魚河岸水神社)」

こちら「水神社(魚河岸水神社)」は徳川家の武運長久と大漁安全を祈願して、市場の守護神として建立されました。

江戸庶民の生活や台所事情との、深い関わりを感じます。

江戸総鎮守「神田神社」
江戸神社

「江戸神社」というストレートなネーミングの神社もありました。元々は現在の皇居の内に創建されており、江戸最古の地主神だそうですよ!

江戸神社の大神輿は日本有数の華麗な神輿で、通称「千貫神輿(せんがんみこし)」と呼ばれ親しまれています。

千貫神輿はデカくて重たい御神輿を称する呼び名。神田祭に担がれる約200基の神輿の象徴的な存在となってます。

御神輿は社殿に納められており、ガラス張り越しに拝観することができるんですよ!

江戸総鎮守「神田神社」
末廣稲荷神社

「末廣(すえひろ)稲荷神社」は人気がある様で、入れ替わりで人の列ができてました。

五穀豊穣の神様が祀られており、商売繁盛のご利益を頂けます。

「鳳輦神輿奉安殿」 神田祭の御神輿を奉安

江戸総鎮守「神田神社」

「鳳輦・神輿奉安殿(ほうれん・みこしほうあんでん)」は、神田祭において大己貴命がお乗りになる一之宮鳳輦と、少彦名命がお乗りになる二之宮神輿、神田明神大神輿が奉安されています。

祭礼・神田祭は二年に一度執り行なわれます。江戸時代には江戸城内にも入り徳川将軍が上覧したため、御用祭とも天下祭とも呼ばれたそうです!

日本三大祭、江戸三大祭のひとつに数えられています。

「銭形平次の碑」と「アニメ・ラブライブ!の聖地」

江戸総鎮守「神田神社」

境内には様々な石碑がありますが、こちらはその一つ「銭形平次の碑」。

銭形平次捕物控は野村胡堂(こどう)(1882~1963年)の小説。主人公・平次親分が神田明神下台所町に住んでたということで、昭和45年に日本作家クラブの発起により建立されたものだそうです。

寛永通宝をビュっと投げ銭するのが決め技の銭形平次のキャラは、時代劇などでもお馴染みですよね!

江戸総鎮守「神田神社」

一方、こちらは秋葉原や神田周辺が舞台のアニメ「ラブライブ!」シリーズとのコラボ。

対照的な二つの新旧文化の聖地というのが面白いなあ。”人を結びつける文化の発信地でありたい”と発信する神田明神を象徴する様で楽しい。

神田明神文化交流館「EDOCCO」

江戸総鎮守「神田神社」

参拝の後や合間の休憩には、神田明神文化交流館に立ち寄りましょう。

交流館の名前は「EDOCCO」と書いて”えどっこ”と読みます。ルビが無いと読めん(笑)。

江戸総鎮守「神田神社」

1階はお守・お札の授与の他、喫茶・軽食コーナーや、本格的なお土産屋があり賑わっています。御朱印の頒布場所もこちら。

江戸総鎮守「神田神社」

館内一角には神田明神の御神輿が飾られていました。最大高さ140cm、最大幅82cm、重量は90kgで漆塗とあります。

御朱印

江戸総鎮守「神田神社」

訪問した時はの御朱印は書置きのみの提供だけでした。

アクセス

神田明神公式ページ
住所:東京都千代田区外神田2-16-2(GoogleMapで開く
アクセス:
電車)
・JR「御茶ノ水駅」聖橋口より徒歩5分、JR「秋葉原駅」電気街口より徒歩7分地下鉄
・東京メトロ丸ノ内線「御茶ノ水駅」1番口より徒歩5分
・東京メトロ千代田線「新御茶ノ水駅」B1出入口より徒歩5分
・東京メトロ銀座線「末広町駅」より徒歩5分
・東京メトロ日比谷線「秋葉原駅」より徒歩7分
車)
・高速最寄り出口:首都高速都心環状線「神田橋出入口」、首都高速1号上野線 「上野出入口」
・参拝者用駐車場:若干数あり

神田明神に出かけてみませんか?

江戸総鎮守「神田神社」

江戸の歴史が詰まった「神田明神」を紹介しましたがいかがでしたか?

境内を巡るだけでも色々盛り沢山の見どころがありますが、神田明神資料館では特別展示企画も行われたりするので、ホームページでイベント情報をチェックして出かけるのも一考かと思います。

江戸総鎮守・神田明神へ参拝に出かけてみませんか?

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神田神社宮司さんが書かれた神田明神さまと神田祭のことなど、そのすべてがわかる本。祭りを通して、神道についても楽しく学べます。

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感想(2件)

司馬遼太郎氏の名著「街道をゆく」が読みやすくなって登場。ニコライ堂、神田明神、神田神保町の古書店街などの神田界隈が登場します。

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【記事の訪問日:2022/1/9】

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