東京・深川に鎮座する富岡八幡宮は、「深川の八幡さま」として親しまれてきた歴史ある神社です。
境内には、江戸勧進相撲ゆかりの横綱力士碑や大関力士碑、全国を測量した伊能忠敬の銅像など、江戸・東京の歴史を感じさせる見どころが点在。
さらに、江戸三大祭りの一つに数えられる深川八幡祭りの舞台でもあります。
今回は、境内に残る史跡や石碑をめぐって富岡八幡宮の由緒をたどるとともに、江戸の歴史にも触れながら歴史散策します。
目次
富岡八幡宮はどんな神社?江戸最大の八幡さまの歴史
下町風情を感じさせる骨董市やフリーマーケットを開催
地下鉄・門前仲町駅から5~6分歩くと、富岡八幡宮の朱色の立派な大鳥居が見えてきます。

参道は随分と賑わってますね!っと思ったら、本日は骨董市の開催日でした。毎月第3を除く日曜日に開催されているんだそうだ。
骨董市は平成6年から続いているもので、富岡八幡宮の下町らしい風物詩となっています。
骨董市とフリーマーケットの開催日
骨董市
開催日:毎月第1・第2・第4・第5日曜日。(ただし28日にフリマの開催日と重なった場合は、骨董市の開催は無し) / 時間:日の出より日没まで
フリーマーケット
開催日:毎月15日・28日 / 時間:早朝より日没まで
「深川の八幡さま」富岡八幡宮は江戸最大の八幡宮
富岡八幡宮は寛永4年(1627)に創建された、深川を代表する神社です。

富岡八幡宮がある場所は、江戸時代は永代島と呼ばれる島でした。
そこに菅原道真の末裔とされる長盛法印という僧が、八幡神を祀ったのが神社の起源とされます。
当時の深川は隅田川河口に近い海辺の地域でしたが、埋め立てが進むとともに門前町が形成され、木場の材木商なども集まった。
町の発展とともに、徳川幕府の庇護を受けた富岡八幡宮は江戸最大の八幡様へと発展。
地元では親しみを込めて「深川の八幡さま」と呼ばれています。
応神天皇をはじめとする八神が祀られる
参道に並ぶ骨董品を眺めつつ、その先にある社殿へと到着。

社殿は重層八幡造りと呼ばれる様式のもの。
屋根部が重層の二重屋根になっているのが特徴的で、重厚さを感じさせるとともに、ちょっと古風な雰囲気も感じられる。
全体は拝殿と本殿が一体化した造り。
一見、木造建築にも見えますが、鉄筋コンクリート造として昭和32年(1957年)に建てられました。
ちなみに江戸時代に建てられた社殿は、残念ながら関東大震災で焼失。
その後の昭和8年(1933年)に復興された社殿も、昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失しています。

主際神は八幡神である応神天皇(おうじんてんのう)(誉田別命)。
武運に優れた天皇とされたことから、古くから武運長久・勝運・厄除けの神として武士から篤く信仰されてきました。
現在では、家内安全、商売繁盛、交通安全、安産・子育てなどの御神徳もある神として信仰されています。
相殿神として、神功皇后(じんぐうこうごう)、仁徳天皇、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、常磐社神、武内宿祢命(たけうちのすくね)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、竈大神(かまどおおかみ)の八柱の神々も祀られているので、幅広い御神徳が頂けそうですよ!
なぜ深川に富岡八幡宮が建立された?江戸の町づくりとの関係

「江戸名所深川八幡の社」 初代 歌川広重作
(出典:国立国会図書館)
深川エリアと富岡八幡宮の発展は、実は江戸の町づくりと大きく関わっていました。
実はその大きなきっかけとなったのが、江戸最大・最悪といわれる大火「明暦の大火」です。
明暦3年(1657年)1月に発生した火災は強風にあおられ、江戸市中へとあっという間に広がった。
江戸城天守をはじめ、建物の大半が焼失。死者は3万人以上ともいわれます。
明暦の大火後の防火対策
もともと木造建築が密集した江戸の町は、火災に弱い造りでした。幕府は明暦の大火を機に、以下のような大規模な防火対策に着手します。
・都市の再配置:武家屋敷の拡張や防火帯の整備を実施。
・寺社の移転:混雑した市街地から浅草・深川などの周辺地域に移転。
・防火対策:道路の拡張や、火除地と呼ばれる防火空間を設置。
これにより深川周辺の開発が進み、多くの寺社が移転・建立され、町人や職人も移住して門前町を形成。
地域の信仰の中心だった富岡八幡宮の発展にもつながった、というわけですね。
明治時代には准勅祭社へ、現在は東京十社の一社
明治時代になると、明治天皇は東京の鎮護を祈るための神社として准勅祭神社を定めました。
富岡八幡宮もそのうちの一社に選ばれたことからも、江戸時代に重要視されていた神社であったことがわかります。
准勅祭神社の制度は後に廃止されましたが、昭和天皇の御即位50年の際、元准勅祭神社による「東京十社」が制定されました。
その東京を代表する十社をめぐる「東京十社めぐり」が設定されていますので、富岡八幡宮から十社めぐりを始めてみてはいかがでしょうか。
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深川八幡祭りはなぜ有名?江戸三大祭りの歴史
深川八幡祭り|徳川家光の長男の成長祈念に始まる

こちらは参道にある、どど~んと立派で巨大な神輿庫。富岡八幡宮を語るうえで欠かせないのが、例大祭である「深川八幡祭り」です。
その由緒は寛永19年(1642年)に、徳川家光の長男・家綱の誕生を祝っておこなわれた祭礼に始まるとされるもの。
深川の町を大きな神輿が練り歩く姿で知られるこの祭りは、日枝神社の山王祭、神田神社の神田祭と並んで「江戸三大祭り」の一つに数えられています。
日本一の大神輿?富岡八幡宮の巨大神輿を見る

神輿庫内に置かれている御本社神輿を、ガラス越しで見られるのも楽しみの一つ。
平成3年(1991年)に奉納された一の宮神輿は高さ4mを超え、重量は約4.5トンにも及ぶ巨大なもので、
まさに「千貫神輿」と呼ばれるにふさわしい迫力。
装飾にもダイヤやルビーが埋め込まれているんだとか。。。
その豪華な装飾が施された神輿を見ていると、深川の祭礼を支えてきた地域の誇りが感じられます。
深川八幡祭りは例年8月15日を中心に開催されますが、特に3年に一度の本祭りは盛大で、50数基の町神輿が町内を練り歩くもの。
ちなみに祭りで実際に担がれるのは、一の宮神輿の後に製作された二の宮神輿とのことです。
富岡八幡宮境内で歴史散策!石碑を歩いてめぐる楽しさ
伊能忠敬像|全国測量の旅の安全を祈った江戸の偉人

富岡八幡宮の境内で、ぜひ探してみて欲しいのが伊能忠敬の銅像。
精密な日本地図を作り上げ、近代日本地図の始祖として知られる伊能忠敬は50歳で意を決し、現在の千葉から江戸に居を移して日本を全国を測量して周りました。
江戸では深川の富岡八幡宮近くに住まいを構えていたため、測量の旅に出る際には、弟子たちとともに富岡八幡宮を参拝してから出発したそうですよ。
そんな日本地図を作った偉人との、意外なつながりに出会えるスポットです。
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江戸勧進相撲発祥の地|力士碑から大相撲の歴史を知る
そしてもう一つの富岡八幡宮の意外な一面が、大相撲との繋がりです。

参道沿いにあるこちらは、歴代の大関を顕彰して昭和58年(1983年)に建てられた「大関力士碑」。
富岡八幡宮境内には相撲関係の碑がとても多いのですが、これは現在の大相撲にもつながる「江戸勧進相撲の発祥の地」であることに由来します。
江戸勧進相撲発祥の地について
■興行としての相撲は、社寺の建立・移築資金を集めるための勧進(かんじん)相撲が江戸時代初期からあった。しかし勝敗をめぐるトラブルが多く、幕府がたびたび禁止令を出した。
■一方、明暦3年(1657年)に発生した明暦の大火の後、多数の寺社再建が急務となった。職業相撲の団体結成等を条件に、勧進相撲の興行が許可されました。
■貞享元年(1684年)、幕府公認の勧進相撲が富岡八幡宮境内で最初に興行された。
その後の明和年間(1764~1771年)には、春・秋2場所のうちの1場所をこの地で開催。享和元年(1801年)までに本場所31回がおこなわれた。
これが江戸勧進相撲発祥地としての由縁なんですね。

この「釈迦嶽等身碑」は、江戸時代に活躍した力士・釋迦ヶ嶽(しゃかがたけ)と同じ高さの石碑。
釋迦ヶ嶽の身長は2m26cmで、体重は172kgという超巨体を誇ったという。これはでかいなぁ。
背後の平たい石碑は、明治31年(1898年)に9代目・市川団十郎によって寄進されたもので、江戸時代の大関の力士名が彫られています。
横綱力士碑|歴代横綱の力士の名を刻む、朝青龍や白鵬の名も

社殿東側の奥まった場所には、さらに巨大な石像群があり圧倒させられる。
正面中央の「横綱力士碑」は高さ3.5m、幅3m、重量20トンと、まさに横綱級のドデかい石碑。
これは明治33年(1990年)に第12代横綱の陣幕久五郎が発起人として建立されたもので、歴代横綱の力士名が刻まれています。

近年の朝青龍や白鵬、稀勢の里までしっかり刻まれており、明治時代からの歴代横綱名がずらっと並ぶ様は圧巻!
石碑の両側には、伊藤博文、山県有朋、大隈重信といった著名な賛同者名も刻まれているのが、さらに歴史的な価値をた高めています。
新横綱が誕生した時には、相撲協会立会いのもとに刻名式がおこなわれる。その際には新横綱の土俵入りが奉納されるという、相撲好きにはたまらないスポットです。
富岡八幡宮境内に残る、江戸・東京の歴史をめぐる
木場の木遣りの碑|江戸時代の木材置場で栄えた記憶
社殿東側にある境内社をめぐってみます。

「七渡(ななわたり)神社」には、八幡宮以前からの地主神が祀られています。
周辺には趣のある「弁天池」もあり、静かに散策を楽しむには良い雰囲気のエリアです。

弁天池沿いの一角には、東京都無形民俗文化財に指定されている「木場の木遣り」の碑がありました。
江戸時代、この地は木材の集積地として栄えましたが、木場の作業の際の掛け声は「木遣り(きやり)」と呼ばれたそうだ。
いわゆる仕事唄みたいなものですかね。機会があればぜひ一度聴いてみたいものです。
永昌五社稲荷神社|東京大空襲の焼失を免れた社殿

ミニ鳥居の先には「永昌五社稲荷神社」。

風格が感じられる永昌五社稲荷神社の社殿は、東京大空襲の焼失を免れた数少ない建物の一つです。
合末社|境内に残る東京大空襲の傷跡

おやっ?と思ったのが上部のない「合末社」の鳥居。これは東京大空襲で被災した際に、上部が崩れ落ちたものなんだそうだ。
戦争の痕跡を伝えるために、あえてこの状態で残しているとのこと。
大鳥神社|毎年11月には酉の市を開催

こちらは社殿の西側の境内社で、右から大鳥神社・鹿島神社の合祀社、中央が恵比寿社・大国主社の合祀社 、左が金刀比羅社・富士浅間社の合祀社です。
大鳥神社では11月の酉の日に酉の市を開催。
恵比寿社には「深川七福神」の一神である恵比寿神が祀られています。
富岡八幡宮の御朱印|御神輿のスタンプがアクセント

関東の強力なパワーを持った神社を、その位置関係から紐解くなど読み応えのある本。
関東周辺に沢山の素晴らしい神社があることに改めて驚きますね。写真も綺麗!
古地図と現代地図を見比べながら 江戸のなりたちを巡りませんか?
歴史好きならば、東京の街歩きが楽しくなる一冊!
富岡八幡宮のアクセスと立寄りスポット
富岡八幡宮
公式サイト
住所:東京都江東区富岡1-20-3(GoogleMapで開く)
アクセス:
電車)
・東京メトロ東西線「門前仲町駅」より徒歩3分
・都営地下鉄大江戸線「門前仲町駅」より徒歩6分
・JR京葉線「越中島駅駅」より徒歩15分
・JR「東京駅」より車で15分
車)
・首都高速「箱崎IC」より10分、「木場IC」より5分、「枝川IC」より7分
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おすすめの立寄りスポット
深川不動堂

千葉県成田市の成田山新勝寺の東京別院。
江戸時代、成田山の御本尊の特別拝観がこちらでおこなわれ、江戸に成田山の名を広めました(当時は永代寺)。現在は護摩祈祷で知られています。
公式サイト
住所:東京都江東区富岡1丁目17-13(GoogleMapで開く)
※富岡八幡宮より徒歩約1分
亀戸天神社
江戸時代に太宰府天満宮の神官が、東の地の天満宮として創建した菅原道真公を祀る神社。境内は九州の太宰府天満宮を模して造営されています。
藤や梅など、四季折々の花が楽しめる「花の神社」としても人気。
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公式サイト
住所:東京都江東区亀戸3丁目6番1号(GoogleMapで開く)
富岡八幡宮を歩けば、江戸と深川の歴史が見えてくる
富岡八幡宮は社殿で参拝するだけでなく、境内に残された石碑や人物像を手掛かりに、江戸・東京の歴史をたどることができる神社です。
江戸勧進相撲、深川八幡祭り、伊能忠敬など、境内を歩くほどにさまざまな歴史とのつながりが見えてきます。
さらに門前町や深川不動堂など周辺にも足を延ばせば、かつての深川がどのような町だったのかを想像する楽しみも広がりますよ。
次の週末は富岡八幡宮を起点に、江戸の記憶が残る深川の町をゆっくり歩いてみませんか。

記事の訪問日:2022/5/8




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