東京都江東区にある「富岡八幡宮」は、江戸最大の八幡様です。
この神社には相撲に関連する多くの、しかもかなり巨大な記念碑が建っているのをご存じですか?
これは富岡八幡宮が、現在の大相撲にも繋がる「江戸勧進相撲発祥の地」だからなんですね。
そんな歴史をたどりながら、深川の八幡さまとして親しまれる富岡八幡宮を参拝してみましょう。
目次
『深川の八幡様・富岡八幡宮を参拝』
「江戸最大の八幡宮」 江戸随一の門前町
地下鉄・門前仲町駅から5~6分程歩いてゆくと、朱色の立派な大鳥居が見えてきます。
社殿に向かって真っすぐ伸びる参道は、えらく賑わってますね!
毎月第3をのぞく日曜日に開催されている、骨董市だそうです。
富岡八幡宮の由緒をご紹介。
富岡八幡宮の鎮座地は、江戸時代は永代島と呼ばれる島でした。
寛永4年(1627年)、そこに菅原道真の末裔である長盛法印により、八幡神が祀られたのが始まりとされます。
その後周辺の埋め立てが進み、社有地が広がります。
そして徳川将軍家の庇護を受け、江戸最大の八幡様となります。
周辺も江戸随一の門前町に発展しました。
地元では「深川の八幡さま」として親しまれています。
伊能忠敬が旅の無事を祈念
参道沿いには、石碑が色々あって楽しい。
こちらは、近代日本地図の始祖といわれる伊能忠敬の像。
50歳で現千葉県から江戸に出て、富岡八幡宮近くに住まいを構えていたそうだ。
測量前には、弟子たちと富岡八幡宮で旅の無事を祈念したとのこと。
像は平成13年(2001年)に建てられたもの。
\ 伊能忠敬ゆかりの地の記事はこちらにも! /
伝統の深川八幡祭り、ゴージャスな大神輿にビックリ!
参道脇に、立派な神輿庫がど~んと現れる。
富岡八幡宮の例祭としておこなわれるのが「深川八幡祭り」。
日枝神社(赤坂)の山王祭、神田明神の神田祭とともに、江戸三大祭の一つに数えられます。
深川八幡祭りは、8月15日を中心に開催されます。
3年に一度の本祭りは特に盛大で、50数基の町神輿が町内を練り歩きます。
江戸時代には、深川に屋敷のあった豪商である、紀伊国屋文左衛門が奉納した神輿が3基あったそう。
とても豪華なものだったそうだが、残念ながら大正の関東大震災で全焼。
神輿の復活が切望され、平成に入りようやく復活したのが「一の宮神輿」。
日本一の大神輿といわれます。
高さは4m39cm、重量は4.5トン、大輪幅1m51cm、屋根の最大幅は3m2cm。
その大きさも凄いが、装飾にはダイヤやルビーが埋め込まれているそう。
なんともリッチな仕様に驚きだわ。
祭りで担がれるのは、その後に製作された二の宮神輿なんだって。
大関力士碑や巨人力士の等身碑に圧倒!
こちらは歴代の大関を顕彰して、昭和58年(1983年)に建てられた「大関力士碑」。
富岡八幡宮は江戸勧進相撲発祥の地として知られ、相撲関係の碑が多い。
詳細は後述。
江戸時代に活躍した力士・釋迦ヶ嶽(しゃかがたけ)は、身長2m26cm、体重172kgの巨体を誇ったそう。
この石碑は、その身長と同じ高さの「釈迦嶽等身碑」。
でかいなぁ~。
右手背後の石碑は、明治31年(1898年)に9代目市川団十郎が寄進した碑。
こちらには、江戸時代の大関の力士名が彫られています。
江戸時代は徳川将軍家の手厚い保護
寄り道を楽しみながら進むと、やがて社殿に到着。
社殿の様式は、重層八幡造りといわれるもの。
お城の天守みたいな造りですなぁ、立派だわ。
御際神には、八幡神である応神天皇(おうじんてんのう)が祀られます。
相殿神は、神功皇后(じんぐうこうごう)・仁徳天皇・天照皇大神(あまてらすおおみかみ)・常磐社神・武内宿祢命(たけうちのすくね)・日本武尊(やまとたけるのみこと)・天児屋根命(あめのこやねのみこと)・竈大神(かまどおおかみ)の、の八柱。
江戸時代に建てられた社殿は、残念ながら関東大震災で焼失。
その後の昭和8年(1933年)に復興されますが、これも東京大空襲で昭和20年(1945年)に焼失。
現在の社殿は、昭和32年(1957年)に建てられたものです。
江戸時代には徳川将軍家の保護を受けました。
そして明治時代になると、准勅祭社に定められました。
現在は、元准勅祭社の東京十社の一つに数えられています。
社殿側からの境内全景。
賑わって楽し気な雰囲気ですね!
大鳥神社・恵比寿社ほか
社殿西側の境内社。
右から大鳥神社・鹿島神社の合祀社、中央が恵比寿社・大国主社の合祀社 、左が金刀比羅社・富士浅間社の合祀社です。
大鳥神社では、11月の酉の日に酉の市を開催。
恵比寿社には、「深川七福神」の恵比寿神が祀られています。
「横綱力士碑」 江戸勧進相撲発祥の地
社殿東側の奥まったこちらには、「横綱力士碑」があります。
大きな石像が並び、圧倒される空間です!
正面の横綱力士碑は、高さ3.5m、幅3m、重量20トンと、まさに横綱級のドデかい石碑だ。
これは第12代横綱の陣幕久五郎が発起人となり、明治33年(1990年)に建立された碑なんですって。
歴代横綱の力士名が刻まれています。
ここで富岡八幡宮が、現在の大相撲にもつながる「江戸勧進相撲の発祥地」である由来を紹介。
- 江戸勧進相撲発祥の地について
- 興行としての相撲は、社寺が建立・移築の資金を集めるための、勧進(かんじん)相撲が江戸時代初期からあった。
しかし勝敗をめぐるトラブルが多く、幕府がたびたび禁止令を出した。
- 一方、明暦3年(1657年)の江戸の明暦の大火の後、多数の寺社再建が急務となる。
そして職業相撲の団体結成等を条件に、勧進相撲の興行が許可された。
- 貞享元年(1684年)、幕府公認の勧進相撲が、富岡八幡宮境内で最初に興行された。
その後の明和年間(1764~1771年)には、春・秋2場所のうちの1場所をこの地で開催。享和元年(1801年)までに、本場所31回がおこなわれた。
そのような歴史により、江戸勧進相撲の発祥地といわれています。
近年の横綱の方々の名も、しっかり刻まれていますよ。
新横綱誕生時には、相撲協会立会いのもとに刻名式がおこなわれるそうだ。
その際、新横綱の土俵入りが奉納される。
相撲好きにはたまりませんな!
刻まれている賛同者には、伊藤博文・大隈重信といった著名人の名もありました。
東京大空襲の傷跡も
社殿東側にも境内社があります。
「合末社」入口の鳥居の上部がない。
これは東京大空襲の被災で崩れ落ちたものだそう。
戦争の痕跡を伝えるため、この状態で残しているそうですよ。
「永昌五社稲荷神社」のミニ鳥居。
「永昌五社稲荷神社」は東京大空襲の焼失を免れた、数少ない建物の一つ。
七渡神社と弁天池に静けさ漂う
八幡宮以前からの地主神が祀られる「七渡(ななわたり)神社」。
その近くには「弁天池」があり、静かな散策が楽しめます。
東京都無形民俗文化財指定の「木場の木遣りの碑」。
江戸時代、木材の置場がこの地・永代島に集められた。
その木場の作業の際、木遣り(きやり)と呼ばれる掛け声があったそうだ。
それが無形文化財に指定されているそうですよ。
富岡八幡宮の御朱印
神社に参拝に行くと、神々についてや神社施設の呼び名・役割について知りたいけど、聞ける相手もいない!
ってことありません?そんな時、網羅範囲が広い本書は結構頼もしいですよ!
富岡八幡宮の詳細情報・アクセス
富岡八幡宮
公式ページ
住所:東京都江東区富岡1-20-3(GoogleMapで開く)
アクセス:
電車)
・東京メトロ東西線「門前仲町駅」より徒歩3分
・都営地下鉄大江戸線「門前仲町駅」より徒歩6分
・JR京葉線「越中島駅駅」より徒歩15分
・JR「東京駅」より車で15分
車)
・首都高速「箱崎IC」より10分、「木場IC」より5分、「枝川IC」より7分
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富岡八幡宮にでかけてみませんか?
江戸最大の八幡さまである富岡八幡宮を紹介しましたが、いかがでしたか?
江戸三大祭りの一つ「深川八幡祭り」が行われる神社。
さらに江戸勧進相撲発祥の地であったり、伊能忠敬にもゆかりがあったりと、多くの江戸時代の歴史に触れられる神社でした。
そんな見どころの多い富岡八幡宮に出かけてみませんか?
記事の訪問日:2022/5/8
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