【最新記事:2022.8.7】比企能員ゆかりの「岩殿観音正法寺」、北条政子の守り本尊がある古刹【埼玉・東松山市】

「鉢形城跡」で堀や土塁に圧倒!断崖絶壁の城跡散策【埼玉・寄居町】

「鉢形城跡」で堀や土塁に圧倒!断崖絶壁の城跡散策【埼玉・寄居町】

埼玉県寄居町の鉢形城跡は、荒川の断崖絶壁を要害にした戦国時代を代表する後北条氏の城郭跡です。

当時の堀や土塁などの遺構が良く残る城郭跡は公園として良く整備されており、自然の中での散策が楽しめるようになっています。

国指定史跡で、日本100名城の一つでもある鉢形城跡の見どころを紹介します。

『鉢形城跡について』

埼玉県寄居町 鉢形城跡
公園内にある説明板より

埼玉県寄居町にある鉢形城跡は、戦国時代の代表的な城郭跡です。

鉢形城は城の中心部が、荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上に築かれている平山城

南側から北に向けて三の曲輪・二の曲輪・本曲輪が直線状に並ぶ、連郭式の配置になっています。そして本曲輪の背後には自然の要害・荒川が控えます。

当時この地は上州や信州方面への交通の要所で、北関東や甲斐・信濃からの侵攻を阻止する重要な役目を担いました。

堀や土塁などの遺構が良く残っており国指定史跡になっています。また、日本100名城にも選定されています。

  • 鉢形城関連の主な出来事
  • 文明8年(1476年):関東管領・山内上杉氏の家臣である長尾景春が鉢形城を築城、上杉氏に反抗
  • 文明10年(1478年):太田道灌が長尾景春を鉢形城で破る、上杉顕定が入城
  • 天文15年(1546年):この頃、山内上杉家の武蔵国での支配力が衰え、鉢形城から上野国に撤退
  • 永禄3年(1560年):この頃、北条氏邦が鉢形城主となる
  • 永禄12年(1569年):武田信玄軍、鉢形城を攻撃
  • 天正2年(1574年):上杉謙信軍、鉢形城周辺に放火
  • 天正18年(1590年):豊臣秀吉の小田原城征伐、豊臣軍の前田利家・上杉景勝の攻撃により鉢形城開城

現在残っている遺構は、北条氏(後北条氏)時代のものが中心と考えらえます。

また、配置図でも確認できますが、城周囲に殿原小路・新小路・鉄砲小路などの通り名の記載があり、城下町が整備されてた跡が見られるのは興味深いです。

『玉淀河原』 天然の要害

埼玉県寄居町 名勝・玉淀河原
正喜橋から荒川を望む

寄居駅から南へ1.5km程歩くと荒川にぶつかります。周辺の特徴ある地形が印象的ですねー。

寄居町の荒川周辺のエリアは、荒川が秩父山地から関東平野に流れ出て形成された、扇状地形の頂点付近に位置します。

鉢形城は荒川南岸の独特な河岸段丘(かがんだんきゅう)上に立地。荒川の断崖と、荒川に流れ込む深沢川の谷に挟まれた地形を巧みに利用して築城されています。

*河岸段丘:川の流れに沿って造られた、階段状の地形のこと。


荒川に架かる正喜橋を越えると、鉢形城跡の北側入口に到着です。ですがその前に。。。、荒川を天然の要害としている姿がバッチリわかる場所があるらしいので、立ち寄ってみます!

ちなみに本日は電車で寄居駅にアクセスして、あとは徒歩での散策です。天気も良く暑い一日ですわ~。

埼玉県寄居町 名勝・玉淀河原

はい。荒川の河川敷にあるこちらは県指定の名勝地でもある「玉淀河原」です。荒川の浸食による独特の景観が見れます。

目を惹くのは威圧感のある巨岩の露出ですね!このどど~んとそびえる絶壁の上に、鉢形城の要所が配置されています。

こちら側からは攻められない鉄壁の要害ですなあ。

『鉢形城跡を歩く』

「笹曲輪」

埼玉県寄居町 鉢形城跡

荒川を渡って進むと北側入口にあたる「笹曲輪」に到着。史跡鉢形城址の石碑があります。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

笹曲輪は、本曲輪の外側に設けられた小さな曲輪。

このあたりは、搦手(からめて)と呼ばれる城郭の裏手側にあたります。実はこの曲輪の先を西に進むと、早々中心部の本曲輪に出れちゃいます。

曲輪内には、250分の1縮小の鉢形城地形模型が置いてあります。

「鉢形城歴史館」 駐車場・休憩所

埼玉県寄居町 鉢形城跡

笹曲輪からの見学開始が手っ取り早いですが、いきなり中心部の本曲輪に攻め込むのも少々味気ない。

とういうことで、ちょっと大回りですが「鉢形城歴史館」に向かい予備知識と公園内マップを入手しつつ、外郭から攻めることにしました。

鉢形城跡は「鉢形城歴史公園」として約24万m2の一帯が整備されており、遊歩道がめぐっています。

遊歩道は全体的に歩きやすく、本日は地元の小学生達もハイキングしてましたよ~。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

館内展示物は撮影NGでしたので、内部の写真はありません。

100名城スタンプはこちらにあります。(閉館時間でも対応可)。御城印もこちらで販売。

敷地内には駐車場やトレイが設置されており、飲み物の自動販売機もあります。道中では販売機を見かけなかったので、必要ならこちらで購入を!

「外曲輪」

埼玉県寄居町 鉢形城跡

では、鉢形城公園の散策開始です!

歴史館がある「外曲輪」は、二の曲輪や本曲輪を囲むように広がる帯状の曲輪です。

細長く続く土塁が見事に残ってますね~。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

外曲輪から城内を流れる深沢川が流れる谷を越えて、本丸・二の曲輪・三の曲輪があるエリアに移動します。この辺は、天然の内堀になっている地形を体感できるポイントですね。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

城内含めた深沢川沿いには、町名勝の「四十八釜」と呼ばれる深淵が各所に形成されているそうです。

深沢川の水は澄んで綺麗。川のせせらぎとウグイスの声に癒されながら、マイナスイオンを吸収できました!

「氏邦桜」 エドヒガンの名木

埼玉県寄居町 鉢形城跡

谷を越えると土塁に囲まれた空間が現れます。

土塁の上には大きな桜の木。町指定の天然記念物「鉢形城の桜・エドヒガン」です。

かつての城主・北条氏邦にあやり「氏邦桜(うじくにざくら)」の名で親しまれています。推定樹齢は150年程で、毎年3月下旬頃から笠鉾状に形良く花を付けます。

エドヒガンは関東地方の彼岸の頃に咲くとされ、長寿で大木に成長する特徴があるそうですよー。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

北側に残る土塁は、「御殿下曲輪」と呼ばれる本曲輪の一部を囲む土塁になります。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

氏邦桜を抜けると、公園内を走る一般道にでます。車の通行に注意です。

実は本曲輪の入口がすぐ近辺ですが、一旦見なかったことにして(苦笑)、三の曲輪に向かいます。

「三の曲輪・石階段と四脚門」

埼玉県寄居町 鉢形城跡

「三の曲輪」の入口側です。

三の曲輪周辺は発掘が進んでいるようで復元物も多く、城跡内でも見どころの多いエリアです。

入口より右手は一段高いエリアになっており、植栽が見える箇所は当時は土塀があったと考えられます。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

三の曲輪入口の手前には「石積土塁」の復元があります。

土塁の表面に川原石を階段状に積み上げているのが特徴。約1m積んでは平らな部分を造り、更に積み上げて全体を高くしてゆく造りです。

戦闘の際には、平らな部分に兵が上がり動き回ったと考えられます。階段も数か所あったようです。

土塁上の角部には櫓(やぐら)があったとも考えられています。正面の大手口から近かったこともあり、防御の工夫が見られますね!

埼玉県寄居町 鉢形城跡
復元 石階段と門

発掘調査で検出された礎石と石階段により、四脚門があったと想定され復元されています。

門の形状については情報が無く、想定でのデザインとなります。

「三の曲輪・秩父曲輪」

埼玉県寄居町 鉢形城跡
三の曲輪

四脚門より先は「秩父曲輪」と呼ばれています。

門に近いエリアからは囲炉裏の自在鉤や鍋など、日常生活品が見つかっているそうです。

埼玉県寄居町 鉢形城跡
復元 石積土塁

四脚門脇から連なる形で、更に大掛かりな石積土塁跡が発見され復元されています。

この曲輪の土塁は、全長約100mに及び高さは約4.2m、上幅部分は約6m、下幅は約12mの規模のものが良く残っていたそうです。

規模・技術面で後の江戸時代の石垣に及びませんが、戦国時代にもあったのか!という石積技術を示す重要な発見となっています。

埼玉県寄居町 鉢形城跡
復元 四阿と井戸跡

奥まったエリアは更に一段高くなっており、四阿(あずまや)が復元されています。

ここは宴会や歌会などを行う、庭園の様な特別な空間だったと考えられています。

池の遺構があったり、茶道具や後北条氏系城郭の主要な城からしか出土されない特殊な土器(=カワラケ)が発見されてます。

堀立柱建物跡16ケ所の他、柵列・土坑・溝なども確認されています。

戦闘時のみ一時的に立てこもる城では無く、生活空間を兼ね備えた城であったことを認識させられます。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

鉢形城の標高の最高点は三の曲輪にあって、122m。眺めが良いです。川に掛かる鉄橋はJR八高線。

「三の曲輪・馬出」

埼玉県寄居町 鉢形城跡

こちらは三の曲輪の北側、二の曲輪との境目にある「馬出」と呼ばれる虎口(出入口)を守る小さな曲輪。

周囲の堀の深さは最大約7.4m、内部の広さは間口6.5m・奥行き12m。門の礎石や雨落ちの石列、石敷きの排水溝などが確認されているそうです。

*雨落ちの石:雨がたれて地面がくぼむのを防ぐために、軒下に置かれる石

埼玉県寄居町 鉢形城跡
左手:馬出、右手:三の曲輪

三方を薬研堀(やげんぼり)で掘り切りされ、北側は荒川の崖になります。

四角い形の「角馬出」と呼ばれる馬出は、後北条氏系の城郭における特徴といわれています。

*薬研堀:断面がV字型になっている堀。一旦落ちると登り辛い!

埼玉県寄居町 鉢形城跡
復元 井戸跡

「二の曲輪と三の曲輪間の空堀」

埼玉県寄居町 鉢形城跡

鉢形城跡における大きな見どころの一つ、三の曲輪と二の曲輪を隔てる巨大な空堀跡です。(左手:三の曲輪側、右手:二の曲輪側)

堀を仕切る土塁は屏風状に折れ曲がり、奥を見通させない形状なのが分かりやすい。奥には先程の馬出が控えています。

二の曲輪側中段に細長い帯状の平場があるのが特徴的。ここは敵が侵入した際、兵を配置させる場所と考えられています。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

堀は発掘調査により、最大上幅約24m、深さ12mの大規模な堀であることが判明しています。

空堀に入ると遠目で見るよりも土塁の高さを感じますが。。。、12mの高さは無いですね。土塁の保護と安全対策の為に、堀は底上げされているそうです。

あと、二の曲輪側の土塁は三の曲輪側との比較で妙に低く見えます。二の曲輪側の土塁の高さは不明だった為、位置の分かりやすさを優先して低めに造られているらしいですよ。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

三の曲輪の馬出の下あたり。

空堀の底からは、畝(うね)と呼ばれる直線状の盛土がある障子堀の跡が発見されています。

障子堀も後北条氏関連の城郭においては、トレードマークのひとつとなってます。

「二の曲輪と城山稲荷神社」

埼玉県寄居町 鉢形城跡

三の曲輪側から見た二の曲輪遠景。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

二の曲輪では発掘調査の結果、掘立柱建物跡・工房跡・土抗・溝などが検出されています。

工房跡は3軒確認され、出土品から鍛冶工房だったと判断されています。城内には色んな施設があったようですねえ~。

埼玉県寄居町 鉢形城跡
城山稲荷神社

二の曲輪跡の北側には「城山稲荷神社」の境内と参道があります。参道は二の曲輪の土塁の上に造られています。

土塁は元々あった山を掘り残して造られたものだそうです。

埼玉県寄居町 鉢形城跡
城山稲荷神社

神社の創建は不詳。昭和に再建された際の再建碑には、以前の建物は江戸時代末期の安政年間に再建されたものである旨が記されています。

それ以前の時代から、鉢形城を守護する神社として祀られてきたと思われます。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

こちらは、二の曲輪の南側に隣接する馬出跡。

その先は辺見曲輪と呼ばれる曲輪で、複雑な地形になっているのが見えます。

「本曲輪跡」

埼玉県寄居町 鉢形城跡

鉢形城跡巡りの最後は、城の中心部だった「本曲輪」です。

本曲輪はこちらの高台にある「御殿曲輪」と、東側にあった「御殿下曲輪」の2つの区画によって構成されていました。

御殿曲輪には、城主の館があったと伝えられます。

ちなみに御殿下曲輪があった場所は、公園内の道路を挟んだ向かい側。で、そこは現在は寄居町のシルバー人材センターになっており、敷地内は見学できない。

この点が現地でちょっと分かり辛らく、周辺をウロウロさまよいましたとさ。。。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

御殿曲輪は、南側の二ノ丸に近い方が最も高い地形。そして、最初に通った北側の笹曲輪に向かって、緩やかに下ってゆきます。

特に情報が無かったのですが、おそらく元は自然が造った高台なんでしょうなあ。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

御殿曲輪には「鉢形城本丸之跡碑」があります。

ここで、鉢形城城主だった北条氏邦(うじくに)の紹介と、城の最後について。

北条氏邦は第3代小田原城城主・氏康(うじやす)の四男。鉢形城を支配領の中心にして、北関東・最前線の上野(こうずけ)方面の軍事を任されました。

豊臣秀吉軍の小田原城征伐に屈して鉢形城も最後は開城しますが、戦いにおいて氏邦は3千5百の軍勢とともに籠城しました。秀吉軍5万の軍勢に包囲されましたが、約1か月半粘り通しました。

最後は家臣らの助命嘆願を秀吉に聞き入れられ、鉢形城の開城に至りました。

家臣思いの武将だったのですね。

氏邦はその後前田利家に預けられ、慶長2年(1597年)に金沢で死去。遺骨は後に旧鉢形領の正龍寺に葬られています。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

平らな曲輪が広がりますが、二の曲輪側のヘリ近辺には盛土がされて一段高くなっているのを見受けました。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

本曲輪には「花袋詩碑」。文豪・田山花袋が、大正七年(1918年)に鉢形城跡を訪れた際に詠んだ漢詩を刻んだものです。

埼玉県寄居町 鉢形城跡

鉢形城跡では平成9~13年度までに二の曲輪と三の曲輪の一部、笹曲輪などが発掘調査されています。

また、令和には辺見曲輪の発掘調査がおこわれている様ですが、本曲輪の発掘調査はいまだ行われていないようです。そんなわけで、本曲輪に関する情報は残念ながら少ないですね。

今後、更なる調査で新しい発見が出てくることに期待しつつ、本日の鉢形城跡巡りを終了します。

鉢形城の御城印

埼玉県寄居町 鉢形城跡

鉢形城歴史館で購入した御城印。世界ユネスコ遺産に登録された細川紙が使用されていて、独特の風合いがあります。

アクセス

鉢形城歴史館公式ページ
住所:埼玉県大里郡寄居町大字鉢形2496-2(GoogleMapで開く
アクセス:
電車)
・JR八高線・秩父鉄道線・東武東上線 寄居駅下車、徒歩約25分
・寄居駅発イーグルバス・和紙の里行き「鉢形城歴史館前」下車、徒歩約5分
車)
・関越自動車道「花園IC」から、国道140号バイパスを秩父・長瀞方面へ6km、約15分
開館時間:9:30~16:30(入館は16時まで) *駐車場の利用は開館日の9時~17時
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)、祝日の翌日・年末・年始
*100名城スタンプは、駐車場正面入口の郵便ポストに設置。
入館料:一般 200円、学生等 100円

鉢形城跡歩きに出かけてみませんか?

埼玉県寄居町 鉢形城跡

戦国時代の城郭・鉢形城跡を紹介しましたがいかがでしたか?

遺構が多く残る鉢形城跡は城好きな人には勿論オススメですが、城マニアじゃなくても渓谷歩きなども楽しめる歩きやすいハイキングコースとしてもオススメですよ!

帰ってから公園内マップを見返してみると、見逃しているエリアもあるなあ、と感じます。なにせ、敷地が広いんで。また歩きに行かねば。

鉢形城跡歩きに出かけてみませんか?

※参考資料について:公園内の説明看板の他、鉢形城歴史館で購入した冊子「鉢形城指南」を参考にしました。

戦国北条記 (PHP文芸文庫) [ 伊東潤 ]

価格:814円
(2022/7/27 23:52時点)
感想(1件)

北条五代を読み解くことにより、関東の戦国時代百年が見えてくる!戦国ファン必読の一冊。
たまには、少しリッチなお取り寄せを楽しみませんか?

【記事の訪問日:2022/5/2】

近隣のスポットもチェック! 【あわせて読みたい】

埼玉県嵐山町「菅谷館跡」

埼玉県嵐山町「杉山城跡」

Pocket