さいたま市浦和区に鎮座する「調神社(つきじんじゃ)」は、鳥居がなく、狛犬の代わりに兎が置かれている個性的な古社です。
なぜ鳥居がないのか?なぜ兎なのか?その背景には、古代の「調物」、月待信仰、そして浦和の長い歴史が関わっています。
境内に残る江戸時代の旧本殿などを訪ねながら、調神社の歴史と見どころを歩いてみましょう。
目次
なぜ調神社には鳥居がない?狛犬ではなく兎がいる理由
「鳥居がない神社」になった理由とは?
調神社はJR浦和駅西口から徒歩約10分程の旧中山道沿いにあり、駅から歩ける範囲でアクセスしやすい古社です。
調神社と書いて「つきじんじゃ」と読む独特の社名は、知らないとちょっと読めないかもしれませんね。
地元では「つきのみやさま」の呼び名で親しまれています。

調神社を訪れたら、まず注目したいのが正面入口。神社の入口としておなじみの鳥居がないんですね。
この特徴については、調神社がかつて伊勢神宮へ奉納する、「調物」を集積する場所だったことに関係していると伝わります。
「鳥居がないのは珍しい」と思うだけでなく、神社の由緒と結びついていると考えれば、境内に入る瞬間から調神社の歴史散策が始まっていますよ。
なぜ狛犬ではなく「狛兎」?月待信仰と兎が結びついた歴史

さらに調神社を象徴するのが。。。、一般的に参道脇に居るのは狛犬ですが、こちらの神社の入口で参拝者を迎えるのは「狛兎」。これは珍しいですよね!
その背景には、社名の「つき」と「月」が同音であることから、月待信仰と結びついた歴史があったんですね。
月の使いとされた兎が、狛兎として神社の境内に取り入れられたと考えられています。
境内のどこにいる?調神社で「兎探し」の楽しみ

月待信仰とは、特定の月齢(十五夜・十三夜・十九夜など)に月の出を待ち、月や月の神を拝む信仰のこと。
これは平安時代後期から始まり、室町時代にかけて貴族などを中心に盛んになったそうだ。
江戸時代になると庶民的な娯楽や地域の行事と結びつき、二十三夜講などの形で広まりました。
そんな月待信仰とあいまって、兎のモチーフがある調神社は、江戸時代でも珍しいものとして注目されたそうです。

調神社では入口の狛兎のみならず、境内のさまざまな場所で兎のモチーフに出会うことができます。
入口の狛兎は、平成25年(2013年)に奉納された比較的新しいものですが、境内の参道沿い保存されているこちらは、江戸時代の万延2年(1861年)に奉納された先輩狛兎です。

手水舎にも兎がいました。
どこに兎が隠れているのかを探しながら歩くと、おのずと境内をじっくり観察できるという、嬉しいメリットがあったりもします。
かつて”月”にかけらた社名は、現代ではさらにツキ(=運)の意味にかけられ、勝運や金運の御利益を頂ける神社としての参拝者も多いらしいですよ。
なるほど。折角なので、本日はツキを頂いて帰りたいと思います!
約2千年の歴史を持つ、調神社の歴史をたどる
平安時代の延喜式神名帳に記載された由緒

調神社の縁起
調神社の縁起によると、調神社の創建の発端は約2千年前の第10代崇神天皇(すじんてんのう)の勅命によるものとのこと。
伊勢神宮斎主の倭姫命(やまとひめのみこと)が清らかなる地を探し、伊勢神宮に献る関東の調物(貢物)を納める集積運搬所としてこの地に倉を建てました。
調神社は、その倉庫群の中に造営された神社だったと伝わります。
鳥居がないのも、どうやら貢物搬出入の妨げにならぬよう、配慮されたものだったらしい。
なるほど、創建時された理由と関係していたんですね。
さらに調神社の歴史をたどるうえで重要なのが、平安時代に編纂された「延喜式神名帳」にその名が記されていること。
延喜式神名帳は、全国の神社名や所在地、格式などが記され、当時、朝廷から公的に認められた神社を知る重要な史料です。
これは、調神社が長い歴史を持つ神社であることを知る手掛かりとなります。
安政6年(1859年)に建てられた現在の社殿

調神社に祀られている御祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)・豊宇気姫命(とようけひめのみこと)・素盞嗚尊(すさのおのみこと)の三神。
三神はそれぞれ、以下の御神徳をお持ちの神々です。
天照大御神・・・国家安泰・開運招福・諸願成就などの御神徳
豊宇気姫命・・・五穀豊穣・商売繁盛・衣食住の守護の御神徳
素盞嗚尊・・・厄除け・災難除け・疫病退散の御神徳
三神もいらっしゃるので、幅広い御利益が頂けそうですね。
現在の社殿は安政6年(1859年)に完成した総欅造りのもので、拝殿と本殿を幣殿でつないで一体化した権現造りの様式です。
調神社の中心となる建物なので、ここは欅造りならでは柔らかい雰囲気の社殿をじっくり拝見したい。細部の彫刻にも目を向けたいところです。

社殿の脇で、狛兎ではなくて狛犬も見つけましたが、ちっちゃ!
狛兎と比べると、調神社における狛犬の立場は弱そうな感じですなあ。
旧本殿|江戸時代中期の姿を伝える貴重な歴史遺産
境内で歴史散策を楽しむなら、現在の社殿東側に保存されている「旧本殿」にも注目したい。

社殿造営の変遷ですが、以前、足利尊氏の命にて延元2年(1337年)に再興された社殿がありましたが、これは天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際の戦火で焼失。
その後、江戸時代の享保18年(1733年)に造営された本殿が、現在、旧本殿として保存されているもの。
ガラス張りの建屋の中で大切に保管されていました。
異なる時代の建築物を、実際に見ながら歴史をたどれるのも調神社の大きな魅力です。

旧本殿が思いのほか綺麗な状態だったのには、少し驚きました。
様式は一間社流造・こけら葺によるもの。

極彩色に美しく彩られた木鼻。

そして、屋根下には黄金に輝く兎が飛び回っていました!蟇股や脇障子にも、兎の彫刻が施されています。
さいたま市指定有形文化財となっている旧本殿は、調神社に伝わる「兎」の文化を建築そのものから感じられる貴重な建築物です。
神池|清らかな水辺を歩く。地元偉人・長谷川かな女の句碑も

社殿の東側には「神池」があり、境内の木々と水面がつくる静かな空間となっています。
水面に映る境内の緑や旧本殿の鳥居が美しい。

はい、神池の中にもやはり兎がおりました。

池の歩道沿いにあるのが「長谷川かな女(じょ)の碑」。
長谷川かな女さんは大正・昭和初期を代表する女性俳人で、俳句界の発展に貢献した方です。
調神社の近くに40年あまり居住され、浦和市(現さいたま市)の名誉市民にもなっている地元の偉人。
長谷川かな女(1887-1969年)
大正から昭和にかけて活躍した俳人で、女性俳句運動の先駆者として知られる。
高浜虚子に師事し、「ホトトギス」同人として活躍。女性の生活や内面を繊細に詠んだ句で知られ、女性俳句の地位向上に大きく寄与しました。昭和41年(1966年)には紫綬褒章を受章しています。
句碑や境内林にも目を向けつつ境内をゆっくり歩くと、地域の歴史にも触れることができますよ。

いかつい棍棒のような物を持ったこちらの方は、御祭神なのかな?詳細はわかりませんでした。
十二日まち|毎年12月12日に開催。浦和の師走を彩る大歳の市

こちらの神楽殿には、干支の大絵馬や「十二日まち」の熊手が飾られていました。

調神社では、毎年12月12日に年の瀬の風物詩として知られる「十二日まち」を開催。
新年の福を呼び込む大歳の市として、境内や周辺には熊手などの縁起物を求める人々が集まり、浦和の街は賑わいに包まれます。
浦和の街では中世以来、調神社や玉蔵院を中心に町場が広がり、江戸時代には中山道の宿場町・浦和宿として発展しました。
十二日まちは、そうした地域の歴史と人々の暮らしに根差した年中行事として、現在まで受け継がれています。
十二日まちの時期に参拝に訪れて、神社と街の歴史を肌で感じてみるのもおすすめですよ。
調神社の御朱印|兎のイラストが楽しい

参拝後に御朱印を頂きました。兎のデザインのスタンプが可愛い。

御朱印帳にも、可愛らしい兎の刺繍がありました。
関東の強力なパワーを持った神社を、その位置関係から紐解くなど読み応えのある本。
関東周辺に沢山の素晴らしい神社があることに改めて驚きますね。写真も綺麗!
タモリさんならではの視点で、大宮の歴史が解き明かされてゆきます。
読めば出かけてみたくなるはず!
調神社の詳細情報・アクセス
調神社
住所:埼玉県さいたま市浦和区岸町3丁目17-25(GoogleMapで開く)
アクセス:
電車)JR「浦和駅」から徒歩約10分
車)東北自動車道「岩槻IC」から約20分
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鳥居と狛兎の謎を知れば、調神社の歴史散策がもっと面白い
調神社は、入口に鳥居がなく、狛犬の代わりに兎がいるという珍しさだけでも十分興味を引かれる神社です。
しかし、その背景をたどってみると、古代の「調物」にまつわる由緒、月待信仰、江戸時代の社殿、そして現在まで続く十二日まちなど、長い歴史が一つにつながっていることが分かります。
浦和駅から徒歩圏内という便利な場所にありながら、境内に入ると街中とは少し違った静かな空気を感じられるのも魅力。
訪れた際には狛兎だけでなく、社殿の彫刻や旧本殿、神池、句碑などにも目を向けながら、ゆっくり境内を歩いてみてください。
記事の訪問日:2021/7/22




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