1970年の大阪万博で世界を驚愕させた「太陽の塔」。その巨大なエネルギーが産み落とされた場所が、南青山の住宅街にある「岡本太郎記念館」です。
ここは岡本太郎が没するまで40年以上にわたり筆を振るった、旧アトリエ兼住居となります。
刺激に満ちたアトリエやサロン、最強のパートナー・敏子との絆、刺激に満ちた展示室に並ぶミニチュアや数々の資料から、情熱を持った孤高の天才が目指した芸術の世界観を紐解いてゆきましょう。
目次
「岡本太郎記念館」岡本太郎の作品が生み出された刺激的な空間
ピカソへの憧れ、万博の”太陽の塔”で名を馳せる

最初に日本を代表する芸術家、岡本太郎氏の人物概略を振り返っておきましょう。
岡本太郎(1911-1996年)
■明治44年(1911年):神奈川県出身。父はマンガ家の岡本一平、母は歌人で小説家の岡本かの子。
■昭和4年(1929年):東京美術学校(現・東京藝術大学)退学後、両親とともに渡仏。
パリで哲学・心理学・民俗学などを学びながら美術動向を知る。なかでもピカソの作品に強く惹かれ、力強い輪郭線と原色を多用した作品を発表。
■昭和15年(1940年):第二次世界大戦の影響を受けて帰国。
中国への出征を経て昭和22年(1947年)、画家としての活動を本格的に再開。
■昭和45年(1970年):国内外で活動する中、大阪で開催された万博のテーマプロデューサーとなり万博会場で「太陽の塔」を発表。これにより岡本太郎の名前を世に知らしめることになる。
■1970年代以降はバラエティ番組やテレビCMにも多く出演し、「芸術は爆発だ」「何だ、これは!」などのフレーズは流行語になった。
■平成元年(1989年):フランス政府より芸術文化勲章を受章。
太陽の塔に驚かされたのは勿論ですが、私的にはテレビCMで「芸術は爆発だ!」と叫んでいた姿のインパクトも忘れ難いですね。
岡本太郎が40年以上暮らした元アトリエ兼住居

「岡本太郎記念館」は南青山の骨董通りを少し入った、閑静な住宅街の一画にあります。
入口に向いた壁にはTAROのサインとデフォルメされた顔が描かれているので、すぐそれとわかる建物でした。
こちらはかつての岡本太郎氏のアトリエ兼住居で、 亡くなられる84歳までの40年以上生活していた空間を改築して、平成10年(1998年)5月より記念館として一般公開されているものです。
建物の設計者は、近代建築の三大巨匠の一人であるル・コルビジェに師事したことで知られる坂倉準三氏です。
外観は、剥き出しのコンクリートの建物の上に、凸レンズ状の断面の屋根が乗っているのが特徴的でした。
坂倉準三(1901–1969年)
20世紀の日本を代表する建築家。フランスに渡り近代建築の巨匠ル・コルビュジエに師事し、日本の建築界に本格的なモダニズムをもたらした人物です。
昭和12年(1937年)のパリ万博日本館の設計で建築部門のグランプリを受賞し、国際的な評価を確立。帰国後は、日本初の公立近代美術館である「神奈川県立近代美術館」や、大規模な都市空間である「新宿駅西口広場」などを手がけるなど、戦後日本の都市文化の形成に大きな影響を与えました。
南青山にジャングル出現!? 刺激的なオブジェが並ぶ庭

敷地内に入ると、”南青山にこんなジャングルが!?”と驚かされる庭が出現。
その空間のここかしこに、異彩を放つオブジェたちが点在していました。

真っ先に目に付くのが、満面の笑みを浮かべた「太陽の顔」。
”太陽に顔があったっていいじゃないか!”という太郎氏の声が聞こえてきそうですね。

愛知県名古屋市の久國寺には太郎氏が制作した梵鐘「歓喜の鐘」があるんだそうですが、これはそのミニチュア版。
異彩を放つ形の梵鐘がお寺でどんな音色を奏でているのか?機会があれば聴いてみたいものですなあ。

こちらは「坐ることを拒否する椅子」と名付けられた椅子です。
”生活のなかに生命感のあふれる遊びがない。それが現代の空虚さだ”。そう嘆く太郎氏がデザインした、自己主張強めの椅子。

躍動感あふれるこちらは、川崎市の岡本太郎美術館にある高さ30mのシンボルタワー、「母の塔」のミニチュアのレプリカ。

ふと視線を感じて見上げてみると、太陽の塔がこちらを見下ろしているではないですか!
そんな庭を楽しんだ後、館内へ。
「アトリエ」濃密な空気感が残る岡本太郎の製作現場

入館してさっそく見学したのは、実際に岡本太郎氏が使用していた「アトリエ」。
昭和29年(1954年)以降のすべての絵画作品が、こちらで生み出されているそうなんですよ!

テーブル上の道具や描きかけの作品など、すべてが当時のままとのこと。
いや~、実に生々しい製作現場の空気感が残っています。

建物は2階建てですがアトリエ塔の2階部分は吹抜けに当てられており、北側の窓からの自然光とともに開放的な部屋となっています。
そして空中に巨大な顔とトゲトゲのオブジェが浮かぶという、アートな空間でもありました。

金色に輝きながら吹抜けに浮いているのは、万博会場の”太陽の塔”に付けられた「太陽の顔」ですね!この太陽の塔の構想もこのアトリエで生み出されてるんですよ。
しかしこの機嫌悪そうな表情、不思議と印象に残りますよね。
ちなみに、当時万博会場の総合プロデューサーであった世界的な建築家・丹下健三氏とは、太陽の塔の建設において激しくぶつかり合ったことで知られています。
ですが両者は深い信頼で結ばれた同志でありライバルで、公私ともに終生交流があったそうですよ。
\ 丹下健三の設計した建築物についてはこちら!/
「サロン」”芸術は生活そのもの”を体現

アトリエの手前にある「サロン」は、打ち合わせなどに使われた応接スペースです。
広々としたこの部屋の特徴は開放的な窓ガラスで、それにより室内と庭の境目を感じさせないこと。
部屋にある奇妙な形をした家具と庭のオブジェを一体化させています。
太郎氏は「芸術は生活そのもの」と語っていましたが、この部屋はそれが体現されていますよね。
ところで、部屋の一角に立つ太郎氏のマネキン像はかなりリアルですよね。
それもそのはずで、なんとこれは本人が全身シリコンに埋まって作ったという文字通りの実物大!さすが、マネキン一つとっても徹底してますねえ。
ちなみに太郎氏の身長は158cmで、比較的小柄だったようです。

太郎氏は縄文土器をはじめ、考古学・民族学視点での美の探求にも熱心だったとのこと。
こちらのオブジェも埴輪とか土偶などがモチーフになっているのでは?
最強のパートナーだった岡本敏子

屈託のない笑顔を見せる太郎氏の写真と並んで飾られている写真は、実質の妻であった岡本敏子さん。
戸籍上は養女という形を取りながら、太郎氏と生涯を共にした最強のパートナーでした。
この記念館がこれほどまでに「生きた」状態で保存されているのも、太郎氏のパワーを次の世代に伝えたいという敏子さんの情熱によるものといえます。
岡本敏子(1926-2005年)
東京女子大学を卒業後、出版社・実業之日本社に勤務。雑誌・太陽などの編集に携わり、若くして編集の第一線で活躍しました。学生時代から文学や哲学に深く通じており、精神的に強い意志を持った女性だったと言われています。
22歳の時に雑誌の企画の取材をきっかけに岡本太郎と出会い、その圧倒的な才能に惚れ込んで安定したキャリアを捨てて彼を支える道を選びました。
展示室には太陽の塔のミニチュアも

入口脇にある螺旋階段を上り、展示室となっている2階へ。
吹抜けには様々な表情を見せる太郎氏のポスターが。笑い掛けるもの、眼光鋭く睨みつけるもの、はたまた顔じゃない目から視線が注がれているものまで。
しかし、この人の目力は凄いですよね。

第1展示室では、「暮らしのなかの芸術」というテーマの企画展示がおこなわれていました。

「鯉のぼり、いいねえ。あんな大きな魚が空を泳ぐんだよ。凄いイメジネーションじゃないか。」そんな太郎氏のコメントが添えられていました。
しかし、随分目力のある鯉のぼりですねえ。

そして「太陽の塔」のミニチュアも。
太陽の塔には3つの顔が付いています。
正面の胸部分にある何やら不満そうな顔は「現在」を表し、金色の顔が表すのは「未来」、背中にあるダークな雰囲気の顔は「過去」を表すとのこと。
今でも大阪府吹田市の万博記念公園に行くと、実物の塔を見ることができますよ。
意外!近鉄バッファローズのマークもデザイン

常設展示物がある第2展示室は、自然光が入り込む明るい感じの部屋。
スポーティーな服装をした、これまたリアルな感じの太郎氏のマネキン像が出迎えてくれました。
かぶっている帽子のマークは焼肉屋のものじゃないですよ!これはプロ野球チームのオリックス・バファローズの前身である近鉄バッファローズのトレードマークです。懐かしいな。
これも太郎氏のデザインだったんですね。
昭和34年(1959年)、親友だった千葉茂氏の近鉄バッファローズ監督就任の際、新チーム名に合わせてデザインされたモノなんですって。意外な親交があったんですね。

素敵なデザインのネクタイだが、締めるにはちょっと勇気がいりそうだな。。。

これでやるトランプは楽しそうだ。
ジョーカーは回ってきたら思わず「来た~」と叫んでしまいそうな柄ですね(苦笑)。

窓越しに庭から見えた太陽の塔が。手の形が可愛らしいな。
岡本太郎パワーがもらえるグッズをお土産に

見学が終わったら、入口近くのミュージアムショップに立寄ってみましょう。
こちらには100冊を超える関連書籍と、沢山の関連グッズが販売されています。
岡本太郎氏の溢れるパワーを自宅でも感じられるような、そんなグッズを探してみて下さい。

敷地の一角に併設されているカフェは、入場料を払わなくても利用が可能。
庭も見られるので、ちょっと立ち寄ってアートなコーヒータイムを過ごす、というのもアリですね。
東京には素敵な名建築が沢山ありますが、そこでお茶できたり食事できたりすると素敵ですよね。
テレビ大阪,BSテレ東の真夜中の人気ドラマ「名建築で昼食を」の原案本!
日本坂道学会・副会長のタモリさんのエピソードをまじえながら、
坂めぐり・歴史めぐりの14のお散歩コースが紹介されています。
岡本太郎記念館の詳細・アクセス
岡本太郎記念館
公式ページ
住所:東京都港区南青山6-1-19(GoogleMapで開く)
開館時間:10:00~18:00(最終入館17:30)
休館日:火曜日(祝日の場合は開館)、年末年始(12/28~1/4)及び保守点検日。
観覧料:一般 650円、小学生 300円
アクセス:
電車)
・東京メトロ銀座線・千代田線・半蔵門線「表参道駅」より徒歩8分
青山のランチは事前予約やクーポン利用で、並ばずお得に!!
岡本太郎記念館にでかけてみませんか?
岡本太郎にとっては日常、我々にとっては非日常的な刺激に満ちた空間が楽しめました。
エネルギッシュな太郎氏のパワーから、とても元気がもらえる空間ですね。
そんな岡本太郎氏の爆発パワーがもらえる岡本太郎記念館に、出かけてみませんか?

記事の訪問日:2021/5/9



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