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大國魂神社を歩く。武蔵国総社と六所宮、源頼朝・徳川家康ゆかりの歴史【東京都府中市】

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東京都府中市に鎮座する大國魂神社は、古代武蔵国の歴史を今に伝える由緒ある神社です。
かつてこの地には武蔵国府が置かれ、国司が国内の神々を祀ったことから「武蔵国総社」と呼ばれるようになりました。

境内には六所宮の神々を祀る本殿や江戸時代の鼓楼、徳川家康を祀る東照宮など、歴史散策で訪ねたい見どころが点在。
今回は、大國魂神社の歴史を振り返りながら、境内の見どころを歩いてみます。

目次

大國魂神社は「武蔵国の中心」に鎮座する古社

大國魂神社と武蔵国府――なぜ府中に総社が置かれたのか

大國魂神社 参道の社号碑と鳥居(東京都府中市)

東京都府中市は、かつて古代の武蔵国府が置かれた地。国府は国司が政務をおこなう地方行政の中心となった場所です。「府中」の地名も、「国府の中」を意味することから由来します。

大國魂神社では、その国司が武蔵国内の神々をまとめて祀り、国内の祭祀がおこなったことから「武蔵国総社」と呼ばれてきました。
現在も神社周辺には武蔵国府跡が残っており、古代の政治と祭祀が近接していたことを歩きながら感じられるエリアです。

\ 大國魂神社と併せて歩きたい、武蔵国府跡についてはこちら!/

鎌倉・江戸時代にも崇敬された大國魂神社

源頼朝も安産祈願――鎌倉時代の大國魂神社

大國魂神社 鳥居(東京都府中市)
大鳥居

大國魂神社は鎌倉時代になると、武将からの篤い崇敬を受けます。

寿永元年(1182年)、源頼朝は家臣・葛西清重を使節として、正室であった政子の安産の祈願をおこなったという。
また、文治2年(1186年)には武蔵守であった家臣・平賀義信を奉行として、頼朝命による社殿が造営されています。

頼朝以降も、貞永元年(1232年)に、鎌倉幕府第4代将軍・藤原頼経の命により、武蔵守・武藤資頼を奉行とした社殿修造がおこなわれました。

大國魂神社 緑に囲まれた参道(東京都府中市)

正面の大鳥居を抜けた先に、一直線に延びる参道が続く。
夏の暑い日での訪問でしたが、緑豊かな並木が作りだす木陰がありがたかったですねぇ。

参道はJR府中本町駅方面に続いているので、地元では日常の生活道としても親しまれていることでしょう。

大國魂神社 境内社・宮之咩神社(東京都府中市)

参道脇にある「宮之咩神社(みやの めじんじゃ)」は、天鈿女命(あめのうずめのみこと)という女神を祀る境内社で、大國魂神社と同時期の創建と伝わるもの。

安産の神とされ、源頼朝の妻・政子が安産祈願したともいわれており、鎌倉幕府とのつながりを感じさせるスポットのひとつです。

徳川家康から500石の社領を寄進された理由

参道沿いには相撲場もあり、ここでは毎年8月1日に「八朔相撲祭」がおこなわれます。

八朔相撲祭は、天正18年(1590年)8月1日に徳川家康の江戸入城を賀しておこなわれた、天下泰平・五穀豊穣を祈る奉納相撲が起源とされます。

大國魂神社 相撲場(東京都府中市)

その徳川家康は江戸に入った際、大國魂神社に対して500石の社領を寄進している。
この石高が、武蔵国の社寺に寄進した中では上位に位置することから、江戸を支えうえで、大國魂神社が重要な位置づけと見なされていたことがわかります。

江戸時代に入ると府中には「府中御殿」が設けられて、徳川家康・秀忠・家光の三代が鷹狩の際に利用し、徳川将軍ゆかりの地となってゆきます。

武蔵国の護り神と、武蔵国を代表する神々を参拝

随身門|ヒノキ造りの巨大な門

大國魂神社 随神門(東京都府中市)

境内入口には、高さ8.5mに及ぶ大きなヒノキ造りの「随神門」が立ちます。これは平成23年に改築された門。

大國魂神社 狛犬(東京都府中市)

門の両脇を固めている狛犬は、天保10年(1839年)に奉納された古いものなので、注目してその貫録を感じてみたい。

大國魂神社 随身像(東京都府中市)

門の正面には、随身像が納められており、右側には門を守護する神である、豊磐間戸命(とよいわまどのみこと)が納められている。

こちらは享保20年(1736年)に作られた像を元に、平成に作られたレプリカ。元の像は宝物殿で見ることができます。

大國魂神社 随身像(東京都府中市)

左側に納められているのは「櫛磐間戸命(くしいわまどのみこと)」。

大國魂神社 恵比寿像(東京都府中市)

後面には恵比寿像が納められていた。

大國魂神社 大国像(東京都府中市)

そしてもう一ヶ所には大国天像。

中雀門|朱塗りが鮮やかな社殿エリアの入口

大國魂神社 中雀門(東京都府中市)

社殿エリアへの入口には随神門とは対照的な、朱色が鮮やかな「中雀門(ちゅうじゃくもん)」が立ちます。
この門は明治維新百年記念事業として、昭和44年(1969年)に建て替えられたもの。

大國魂神社 狛犬(東京都府中市)

門の手前に立つ苔生す狛犬も、明治時代のものでした。

大國魂神社が「武蔵総社六所宮」と呼ばれた理由は?

大國魂神社は武蔵国の護り神を祀る

大國魂神社 拝殿(東京都府中市)
拝殿

大國魂神社の創建は古く、1900年前の第12代景行天皇41年(111年)と伝わるもの。

主祭神として祀られる大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)は出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)と御同神とされ、縁結び・厄除け・厄払いの御神徳を持つ福の神です。

拝殿は明治18年(1885年)改築された後、昭和にも改修されているもの。

大國魂神社 拝殿(東京都府中市)

拝殿に架かる、「総社六所宮」と書かれた時代を感じさせる扁額の書は、江戸時代中期の書家・勝間龍水によるもの。
大國魂神社は、江戸時代には「武蔵総社六所宮」の社号で呼ばれていました。

本殿|徳川家綱の命で再建された建物

大國魂神社 本殿(東京都府中市)

現在の本殿は寛文7年(1667年)に徳川4代将軍・家綱の命により、幕府老中・久世広之が再建したもの。それ以前の本殿が、正保3年(1646年)の火事で焼失したのに伴うものでした。
本殿は東京都の文化財に指定されています。

現在の社殿は一間社流造の社殿三棟が横に連結された「三間社流造」と呼ばれるもので、様式としては例が少なく珍しいものなんだそうだ。

大國魂神社 本殿(東京都府中市)

本殿の左右に武蔵国内の著名神社六社が合祀されているため、「六所宮」と呼ばれています。

六所宮に祀られる神々
■一ノ宮:小野神社(現、東京都多摩市)
■二ノ宮:二宮神社(小河神社)(現、東京都あきる野市)
■三ノ宮:氷川神社(現、埼玉県さいたま市)
■四ノ宮:秩父神社(現、埼玉県秩父市)
■五ノ宮:金鑚神社(現、埼玉県神川町)
■六ノ宮: 杉山神社(現、神奈川県横浜市)

一つの神社でありながら、武蔵国内の著名な神社の神々を祀っているのが大國魂神社の大きな特徴です。

明治時代になると大國魂神社の呼び名に戻り、さらに明治天皇によって准勅祭社の一社に選定されるなど、東京都を代表する一社となってゆきます。

社殿周囲の境内社を歩く

徳川秀忠命による「東照宮」は見逃せない

大國魂神社 東照宮(東京都府中市)

徳川家康を祀る「東照宮」が、社殿エリア西側の奥まった場所に、特別感のある佇まいで鎮座しています。
こちらは元和4年(1618年)に、徳川2代将軍・秀忠の命によって造営されたと伝わるもの。

大國魂神社 東照宮(東京都府中市)

元和2年(1616年)に徳川家康が亡くなると、遺体は久能山東照宮(静岡県)に埋葬され、その翌年に日光東照宮(栃木県)へと改葬されます。
移される際に、国府の斎場に一夜逗留し、大國魂神社の宮司が祭祀を務めたとのこと。

この東照宮はその遺跡を後世に伝えるために、造営されたものなんだそうだ。
これは隠れた歴史ですね!

大國魂神社 東照宮の狛犬(東京都府中市)

大國魂神社では境内社までめぐることで、古代から江戸時代までの歴史が重なってくるので、ぜひともじっくり歩いてみたいものです。

境内社:水神社、松尾社、巽神社をめぐる

東照宮以外にも、本殿の東西には境内社があります。

大國魂神社 境内社・水神社(東京都府中市)
水神社

「水神社」は身体健康・子孫繁栄等を司る神を祀ります。

大國魂神社 境内社・水神社(東京都府中市)

水神社の竜頭口より流れる水は、深井戸を利用して地下水を汲み上げているもの。
この御神水を取りに来る参拝者が絶えないとのこと。

大國魂神社 境内社・松尾社(東京都府中市)
松尾社

醸造の守護神である大山咋命(おおやまくいのみこと)を祀る「松尾社」。
武蔵国の醸造家の懇請により、寛政12年(1800年)に京都の松尾大社より勧請されたそうだ。

お酒の神様ということで、いつも大変お世話になっております(笑)。

大國魂神社 境内社・巽神社(東京都府中市)

「巽神社(たつみじんじゃ)」に祀られる市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)は弁財天とも呼ばれ、芸術向上の御神徳を持つため花柳界の信仰が篤かったそうだ。

大鷲神社|毎年11月は酉の市で賑わう

大國魂神社 境内社の住吉神社・大鷲神社(東京都府中市)

本殿西側手前に相殿で祀られている「住吉神社」「大鷲神社」。

大國魂神社 境内社の住吉神社・大鷲神社(東京都府中市)

大鷲神社では毎年11月に酉の日をむかえると熊手市が立ち、多くの参拝者でぎわいます。

大國魂神社の境内で立寄りたい歴史スポット

手水舎|千鳥破風と名工による彫刻が美しい

大國魂神社 手水舎(東京都府中市)

境内入口の手前にある千鳥破風の屋根がついた「手水舎」は、意匠を感じさせる立派な造りでした。

大國魂神社 手水舎(東京都府中市)

獅子や龍をはじめ、多くの見事な彫刻で装飾されていました。
これらは江戸時代の彫工である、飯田家4代目の飯田勇次郎によるもの。

優雅な彫刻を、ぜひ近くから楽しみたい。

鼓楼|江戸時代の姿を今に伝える建築物

大國魂神社 鼓楼(東京都府中市)

随神門の先にある「鼓楼(ころう)」は、大國魂神社の歴史を感じられる建物の一つ。
嘉永7年(1854年)に再建されたもので、江戸時代の姿を今に伝えています。

寺院には時の鐘がありますが、神社で時を知らせるものといえば太鼓で、鼓楼には太鼓が置かれていました。
大國魂神社の鼓楼は、府中市指定文化財となっています。

宝物殿|家康をはじめとする徳川将軍の朱印状が残る

大國魂神社 宝物殿(東京都府中市)

「宝物殿」の1階には御輿や大太鼓を展示。
2階には各種資料の展示があり、徳川家康をはじめ12通の徳川将軍よりの貴重な朱印状が残っていますので、ぜひ見学してゆきましょう。

ちなみに館内は写真撮影不可です。

宝物殿
開館日時:土・日・祝日、神社祭礼日の10時~16時
拝観料金:大人200円、学生100円

大國魂神社の御朱印

大國魂神社 御朱印(東京都府中市)

関東の強力なパワーを持った神社を、その位置関係から紐解くなど読み応えのある本。
関東周辺に沢山の素晴らしい神社があることに改めて驚きますね。写真も綺麗!

古地図と現代地図を見比べながら 江戸のなりたちを巡りませんか?
歴史好きならば、東京の街歩きが楽しくなる一冊!

大國魂神社の詳細情報・アクセス

大國魂神社

公式サイト
住所:東京都府中市宮町3-1(GoogleMapで開く)
 電車)
・京王線「府中駅」から徒歩5分
・JR南武線/武蔵野線「府中本町駅」から徒歩5分
 車)
・中央高速道「国立府中IC」から約10分 、「調布IC」から約15分
・参拝者用無料駐車場あり

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大國魂神社から武蔵国府へ。府中の歴史を歩いてみよう

大國魂神社は、長い歴史を持つ古社というだけではありません。武蔵国府が置かれた府中の地で、武蔵国の祭祀を担った「総社」として発展し、鎌倉時代の武将や徳川家康からも崇敬を受けてきました。
境内を歩けば、六所宮の本殿、江戸時代の鼓楼、東照宮など、さまざまな時代の歴史に出会えます。

さらに武蔵国府跡まで足を延ばせば、古代武蔵の政治と祭祀の中心だった府中の姿が、より身近に感じられるはずです。

神社への参拝だけで終わらせず、「武蔵国の歴史を歩く」という視点で大國魂神社を訪ねてみてはいかがでしょうか。

記事の訪問日:2022/7/24

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